1週間で錆びたバンパーガード(泣)

先月新たに取り付けたバンパーガードが、1週間で錆びた!! thumbnail_IMG_1971.jpgthumbnail_IMG_1973.jpgthumbnail_IMG_1972.jpg 店に状態を見せてクレームしたら、「今までこんなの見たことない」と驚き、メーカーにクレームして交換してくれることになった。 昨日、ものが届いたと連絡があったので取り換えてもらった。 thumbnail_IMG_1986.jpg タイのことだから、同じメーカーの同じ商品、この新しいのが錆びないと言う保証はないが、しばらく様子見だ。 また錆びたら連絡してくださいという店のオーナーの対応がとてもよかった。錆びないことを祈るだけだ。
posted by 屋台の親父 at 13:54Comment(0)

バンパーガードが壊された・・・・

愛車VIGOのバンパーガードが、駐車中にぶつけられたのか先週壊れてた。割れてぶら下がっていたのでガムテープで仮補修した。
画像
10年前までは、ピックアップのバンパーガードは皆取り付けていたのだが、最近は誰も付けなくなってしまった。皆がつけてないなら、余計自分だけは付けておこうと思うのは、年寄りだからだろうか??? 12年間愛着のある車の顔が変わるのは不本意ではあったが、今回新たにデザインの異なるバンパーガードを取り付けることにした。
画像
画像
今までの顔と変わってしまったが、まあこれはこれで厳つい感じでいいかも。2,800バーツの出費だった。

17日、おでん屋くんちゃんの水かけ祭り

17日はシラチャの水かけ解禁日。例年海岸通りはすごいことになる。今年も正午に解禁、おでん屋くんちゃんは休業して常連さんと遊ぶことに。またこのあさみの前が、おそらくシラチャで一番の水かけポイントのような気がする。
画像
画像
画像
画像
3時に集合し、飲食しながら9時の終了まで、水浸しの真っ白けになって童心に戻り遊んだ。日本ではありえない子供から年寄りまで、ビチャビチャになる祭りだ。
画像
祭りの翌朝は、道路も歩道も真っ白け
画像

労働許可証(ワークパーミット)の更新時期

また今年もワークパーミットの更新時期が来た。段取りとしては、山ほどの書類を揃え、イミグレで1か月間の仮延長をしてもらう。この意味合いは、「ワークパーミットを更新中なのでちょっと待って」という感じ。要はワークパーミット1年が発行前に1年のビザは出せませんよということ。 それが出たら、山ほどの書類をもって、チョンブリの労働局へ行き、更新の申請をする。 毎年同じことをするのだから簡単ジャン?と思うかもしれないが、そんなことはない。毎年、提出書類が連絡もなく増えていくのだ。イミグレも労働局も同じだが、「今年からこれとこれが必要になったから用意しろ」と言う。 すぐには用意できないから、また数日後に再び申請に行くことになる。 そんなこんなで、昨日やっと労働局でワークパーミットの1年更新が終了した。
画像
本当にこの書類の束を、誰かがチェックしてるのだろうか??しかも毎年、書類が増えていくのはなぜだろう?? ここまでくれば90%終了となる。今ビザは、4月の11日まで延長してもらってるから、4月の10日ごろに、この延長したワークパーミットをイミグレにもっていけば、1年ビザ(1か月すでに延長してるので、11か月分)を取ることができる。

このトイレはちょっと使いにくい!!

画像
このトイレ、実はロビンソンの隣のバンコク銀行の2階の男子トイレなのだが、ちょうど真下がミニバスのターミナル。一番右端の小便器は、ガラス窓のすぐ横だ。これはちょっと使えない。自信のある方はどうぞ使ってみてほしい。

人生2度目の歯の治療

2か月ほど前から、冷たい水が歯にしみる知覚過敏になっていた。一度、四葉クリニックで見てもらったら、歯に異常はなく、知覚過敏用の歯磨きを紹介された。これがえらいもんで、徐々に知覚過敏は軽くなっていった。 そんな中、2週間前に食事中に奥歯が欠けた。堅いものを噛んだわけでもないのに欠けた。痛くもないのだが、舌で触ると、尖っていて気になってしょうがないので、思い切って歯医者へ行った。 歯医者はどこでもよかったが、HISの並びの「SMILE DESIGN」というピンクの歯医者に入った。なぜか歯医者はピンクが多い。
画像
画像
画像
先生は、40前くらいの男の先生だった。まあ、歯医者は手先が器用な男の先生のほうが安心感があるかなと思い、ここで治療してもらうことにした。 1回目は、全体の歯型とって、割れたとこ少し削って仮詰めして終わり。所要時間40分。1週間後、先生から「セラミックのクラウンなら6,500バーツ、パラジウム合金なら8,000バーツと言われ、どちらにするかと聞かれた。それによって、ベースの穴の削り方が違うようだ。丈夫で簡単な方というと、じゃあわかりました、私に任せてください。金属で作り外側はセラミックでカバーしたメタルボンド・クラウンにしましょう。 歯医者については、ほとんど知識がないので、とりあえず8,000バーツの方でお願いした。その日は、所要時間1時間10分。口を開けたままの時間はくたびれる。歯の中を削っているのだろう?麻酔が効いているのでよくわからない。本番の型をとって、また仮詰めして終了。 そしていよいよ2週間目の昨日本番のクラウンをかぶせに行った。見せてもらうとメタルとセラミックがくっついたような形。
画像
はめるとこうなると説明してくれた。前から見るとセラミックしか見えず目立たない。裏はメタルだ。正直上の奥歯だし、若くもないから、ギラギラ光っていても問題なかったのだが、まあ先生のお勧めでこうなった。
画像
できたクラウンをぴったりとはめるために、何回も削ってははめ、削ってははめ、所要時間1時間。最終的にOKとなった。生まれて以来、虫歯になったことがない健康な歯だったが、少しサイボーグになった。

久しぶりに見た笑える日本語

バンセンのアンシラー市場に買い物に行った。週末は、客でごった返しているが平日は閑散としている。屋台の店舗も、平日休業の店も多い。そんな中、休業中のたこ焼き屋台の看板に思わず笑ってしまった。
画像
まあ、日本風のデザインとして日本語を見るなら、タイ人は誰も読めないのだから何の問題もないし、正解とか間違いとかえらそうに指摘する気もないのだが、どうやってこの間違いを作り出したかを考えると面白い。 一番左の「たこ焼き」は唯一正解! 2番目「モジャイヤキ」、最初は「もんじゃ焼き」かなと思ったが、下の写真には、「モダン焼き」とある。 3番目「オキノ宮城」、これは最高である。「おきのみやぎ、オキノミヤギ、おきのみやぎ」と何回か言うと、「お好み焼き」になる!なる訳ねえか??? 右端の「ヨーグルト」は正解だが不正解。たこ焼き、お好み焼きなどの中に並んでヨーグルトを売ってるのかと思ったら、下のローマ字は、「焼きそば」だった。このメニュー看板をデザインした人間に是非あってみたいものだ。

「タトゥー」と「刺青」

先週、タレントりゅうちぇるが見せたタトゥーが批判されたのを受けて、脳科学者 茂木健一郎が、タトゥーを入れている人が温泉やプールの利用を制限されている現状について「いわれなき差別は撤廃するべきだ。インバウンドのお客さんも増えている今、放置すれば日本の国際的恥である」と指摘した。 この記事を読んで、問題の難しさを以前から感じている。タイに住んでるとタトゥーを入れた人を普通に見かける。タイ語では、「サックヤン」と言われる仏教タトゥーから始まって、一般女性のファッションのタトゥーまで、普通に毎日目に入ってくる。 もともとタイ語の「サック・ヤン」というのは、「サック」=タトゥー、と「ヤン」は、サンスクリット語源の「ヤントラ」(家や工場のタンブンの時に坊さんが玄関に描く、魔よけの図)からきてて、要は「ヤントラの刺青」みたいなもの。
画像
画像
「サック・ヤン」は、タイ人にとって日本人が思う「刺青」とは、かなり認識が異なる。こんな軽いイメージの中、欧米からファッションとしてタトゥーの新柄がたくさん入ってきて、若い男女の間にも大した抵抗もなく入り込んでいった。パタヤあたりでは、スキンヘッドの白人が多くみられるが、皆タトゥーがあり、私みたいな古い日本人が見ると全員プロレスラーだ(笑)
画像
要はタイでのタトゥーのイメージは、「タトゥー」=「サックヤン」=仏教=僧侶=魔よけから始まっているが、日本人は、一般的に「タトゥー」=「刺青」=ヤクザ=暴力団というタイとは異なる潜在イメージがある。 ゴルフ場でも銭湯でも、市民プールでも、「暴力団の人お断り」とか「柄の悪い人お断り」とか書きたいところだが、なぜか’わかりやすく「刺青の方お断り」となる。いくらそんな時代じゃないんだと言われても、じゃ全部OKかというとそうもいかない日本人に根付いた先入観がある。 しかし実際、人を見て、タトゥーの柄をみたら、この人はヤクザ、この人はミュージシャン、この人は普通の人、と識別できる。少なくとも私はできる。ところが、ゴルフ場でその区別をして入れたら、ヤクザが怒るよね。 この問題、東京オリンピックを控え、論争を巻き起こすとは思うが、どうなりことやら・・・・ でもタイに住んでると、自分も少し入れてみたいなと思わない???
画像

サルの襲来

画像
今までにも、午後にうちのアパートの駐車場を経由して小学校へ行き、夕方山に帰っていくサルは時々見かけることがあった。しかし昨日は屋台の路地を2匹が急襲した。 時刻は夕方4時半ごろ、クンちゃんが「サルが、家の前にいる!」と大騒ぎ。外のシンクで洗っていたジャガイモを一つ盗み、屋根の上にあがった。ジャガイモは好きではなかったのか、屋根の上に置きっぱなしにし、うちのベランダに降りた。そこには、もう1匹がいて、鉢の観賞用のパイナップルの小さな実を3個すべて食べられた。
画像
しばらくベランダで遊んだあと、近所の屋根で悪戯していたが、6時過ぎには山のほうへ帰って行った。 怖いのは、食べ物に味をしめて、毎日来るのではないかということ。ベランダのサルを追い払おうとすると、牙をむいて威嚇しながら近づいてきたので、こちらも何らかの武器を用意して対抗する必要があるかも。 数日様子を見ることにしよう。

セブンイレブンのうどん

いつからあるのか知らないが、セブンイレブンでカップうどんを発見した。
画像
ノリと書いてあるが、ワカメのことだろう。タイ語では、いわゆる海藻は、「サーライ」という言葉しかないようなので、ワカメも昆布も海苔も「サーライ」で片づけられるから、よく誤解が生まれる。 この「カップうどん」、値段は55バーツ。作り方は少し変わってる。 まず、麺、具、スープをこのカップに開ける。そして、そこに「水」を線まで入れる。その後、電子レンジで3分間温める。チーン!で出来上がり。
画像
透明スープにわかめうどんだが、関西風のカツオだしスープとはかけ離れた味だ。でも食べられる不思議な味。 是非一度ご賞味あれ!

昨日退院しました

生まれて初めての入院、無事に帰ってきた。 23日の土曜日正午に、病院に入り、手続きを経て病室へ。スッポンポンに病人服を着せられ、手術時間まで待機する。
画像
4時半に車いすに乗せられて手術室へ。5時からシティポーン先生の執刀で手術が始まった。全身麻酔で全く意識のないまま、目が覚めると集中治療室のベッドで朝の6時だった。昼前には一般病室1207号室に移動する。噂の「海の見える病院・サミテベー病院」である。 移動してすぐに、手術した右腕を固定器具で吊られたが、まだ麻酔が残ってる感じで気分が悪い。
画像
この手術は、関節鏡視下腱板修復術と言われ、4か所の穴から関節鏡を挿入し行うため、傷口も小さい。こんな感じ。
画像
先生の説明では、断裂がひどく、修復に4時間半もかかり、終わったのが9時半だったと。また、麻酔が効いてるのに暴れて困ったと言われてしまった。本当かな? 部屋を紹介しまします。こんな感じ。
画像
窓からの景色は、絶景!
画像
食事も和食が出る。月曜日の夕食はこれ。サバもあったし、サンマもあった。
画像
当初の見積もりでは、5日間の入院だったが、昨日の朝、先生の診察で「明日にも退院できるが、もし痛みも無いようなら今日退院していいよ。」と言ってくれた。どうせ保険でカバーしてくれるので、いてもよかったのだが、シャワーを浴びれないのが気持ち悪く、昨日退院した。かわいい看護婦さんが体を拭いてくれるのだが、下半身は拭いてくれないのでどうもよくない。 しばらく、左手だけで生活しなきゃいけないと思い、まず一人で、固定器具を外し、病院のパジャマを脱ぎ、私服に着替え、固定器具を装着してみた。
画像
昨夜は、手伝ってもらってだが、シャワーも浴びた。夜はあまり眠れなかったが、朝は事務所に出勤!
画像
6週間は、この固定器具を吊ったままなので、左手だけの生活になるが、そのうち慣れるだろう。 今日も、このブログ、左手中指だけで書けた。疲れた。 ちなみに、手術・入院の総費用は・・・・・・・
画像
病院に見舞いに来てくれた皆様、またご心配いただいた皆様、ありがとうございました。

政治家はいつまでも元気?

画像
この人をご存じだろうか?マレーシアの元首相マハティール氏だ。今年で93歳だ。 元首相といっても、彼は1981年から2003年まで22年間も首相の座にあり、シンガポールとともにマレーシアを発展させた立役者である。その後、彼の与党連合は、アブドラ首相を挟んで、2009年からは現在のナジブ首相が政権についている。 ところが、5月9日投開票のマレーシア総選挙に、このマハティールは93歳で、今度は野党連合を引っ張って、ナジブ政権を倒すべく立ち上がったのだ。ナジブは私と同じ1953年生まれの65歳なのだが、93歳でそれに取って代わろうとする馬力がすごい。もし、明日の選挙で野党連合が勝利すれば、93歳の首相が誕生するかもしれない。

4月6日から新紙幣が流通!

6日から、ワチラロンコン国王(65)の肖像を使用した新しい100バーツ、50バーツ、20バーツの紙幣、10バーツ、5バーツ、2バーツ、1バーツ、50サタン、25サタンの硬貨が流通する。《newsclip》
画像
画像
画像
画像
画像
画像
画像
画像
裏面は、20B札が、ラマ1世と2世、50B札が、ラマ3世と4世、100B札が、ラマ5世と6世となっている。 500B、1000B札は、まだ出ないようだ。タイにかかわってから28年、慣れ親しんだプミポン国王の紙幣から変わっていくのにしばらく戸惑いそうだ。

シーちゃんのワークパーミットとビザ

2月24日に亭主のゾーのワークパーミットとビザは、無事2年取得できて終わったが、シーちゃんのがまだ続いている。 もともと、彼女のビザは3月21日までだったので、新たに取得できたワークパーミットも3月21日まで。労働局の奴の説明では、まずイミグレで3月31日までビザを延長して来いという。その後、ワークパーミットを更新するというのだ。まあ労働局も人によって色んな見解があり、聞く担当者によって説明が異なるのは慣れてきた。 その日に、ヌチャリー(アパートのマネージャー)にシラチャのイミグレーションに問い合わせさせら、シラチャで延長手続きをすると3週間以上かかるので、パタヤのイミグレに行けと言われた。パタヤに電話して問い合わせると健康診断書を2部もってこいという。ミャンマー人がかわいそうなのは、健康診断書もすぐにとれないことだ。 翌日、シラチャのソムデ病院に行かせたら、タンダオ(カンボジア、ミャンマー、ラオスの3国の人)は、アオウドムの病院でしか健康診断書を発行しないと言われ、その足で、アオウドムの病院に行った。すると要予約で、3日後しかできず、また健康診断書はその翌日しか発行されないのだ。ひどい話だ。 やっとの思いで、必要書類をそろえ、パタヤのイミグレーションへビザの延長申請ができたのが、3月5日だ。そして、出来上がったのが昨日20日だった。それも、一旦3月31日までの延長のみ。ワークパーミットが、3月21日までしかないので、その足で、チョンブリ労働局に戻り、ワークパーミットの延長申請をしようとした。すると担当者が言うには、先にビザを2年延長して来いという。その後にワークパーミットを更新するというのだ。 そんなこんなで、今日もまた朝早くから、パタヤのイミグレーションへ行って来た。パタヤのイミグレーションはジョムティエンビーチにあるのだが、「チョンブリ・イミグレーション」という看板が上がっているから県の中心のイミグレなのだろう。
画像
正面の入り口は日本人を含む外国人の窓口だが、ミャンマー、カンボジア、ラオスは、右端の通路の奥が窓口になっていて分けてあるのだ。
画像
3国の90日申請窓口12番という案内
画像
通路では、長蛇の列で順番を待っている
画像
その先には、12番の窓口、2階に上がる階段の踊り場に仮設されたような事務所だ。
画像
シラチャのイミグレもそうだが、ミャンマー、カンボジアのひとの窓口は完全に分けてある。 お昼までかかったが、今日は2年のビザを延長できた。料金は1000バーツだが、領収書は500バーツ????まあ、そんなことは良しとしよう。 これをもって、明日朝からチョンブリ労働局へまた行く。うまくいくだろうか??ワークパーミットは今日で失効しているのだが、昨日の担当者は、「失効してから更新するから」と言っていた。誰の言うことを信用したらいいのか本当にわからない。最近は一人ではなく、二人以上に同じ質問をすることにしているので、多分大丈夫だと思うのだが、明日うまくいけば、99%完了となる。あと1%はなんだって??社会保険事務所への登録をしなければならないだけだ。

ミャンマー・カンボジア専用の「ワンストップサービス」・レムチャバン

日本人でBOI企業の方は、毎年ワークパーミットとビザの更新に「ワンストップサービス」を利用しているだろう。 要は、入国管理局と労働局が同時に出ている出先機関で、ワークパーミットの更新とビザの更新が1か所でできるところだ。 前置きが長くなったが、ミャンマー人・カンボジア人・ラオス人のための「ワンストップサービス」が、レムチャバンにある。そこは、空調もない大きな体育館のような建物と、周りに建てられた日よけのテントで構成されている。
画像
先日やっともらえた3月31日までのワークパーミットを、2年に更新し、2年間のビザを取得するために、スタッフのミャンマー人を連れてやってきた。朝、6時半でこのありさま。
画像
画像
画像
まずは、順番を待つ整理券をもらうために並ぶ。うちのゾーの整理券は33番。これは33人目ではない。33人目の雇主である。要は、一つの会社で、建築の派遣会社みたいなのは、50人とか30人とか連れてきてるので、33番でおそらく500人目くらいだろうか? 次に尿検査・血液検査に整理券で並ばされるのは炎天下だ。
画像
33番で、健康診断が終わったのがもうお昼前。そこから申請書類を提出するためにまた並ぶ。この申請書類が正しく提出されるまでは雇主は帰れない。 2月初めから、毎日3,000人のワークパーミットとビザの更新をしているという。敷地の中には、市が立ち、食事もできるし衣料品も売っている。カンボジア人向けにフランスパンも売ってるからすごい。
画像
画像
中に「トイペッパロー」というシラチャのいつも行く鴨屋を見つけたので近づいたら挨拶された。トイのおやじの義弟が店を出していた。昼食はそこにした。
画像
申請書類がすべてOKになったのは、午後4時過ぎだった。そこから本人たちは体育館の中に並んで順番を待つことになる。
画像
私とクンちゃんは、その時点でゾーを一人残しいったん帰宅した。彼から9時過ぎに電話があり、「今日中には、終わらないため、いったん終了し続きはまた明日になった」という。 この日は、夜9時半に迎えに行き、翌日木曜日に朝早く出直させることにした。 木曜日は、朝7時半に到着し、始まったらしいが、結局終了の連絡があったのは夕方5時だった。まる二日半かかった勘定になる。しかし、彼のワークパーミット2年、ビザ2年は無事に取得することができた。
画像
画像
苦節8か月やっと手にした2年ビザと労働許可だ。あと一人残っている。二人は条件が異なるため、少しやり方が変わる。来週は彼女の段取りをしにまずは、パタヤの入国管理局に行くことになる。 少しづつ進み、先が見えてきた。初めてのいい経験だ。

カレン族・ちょっとびっくり

おでん屋クンちゃんのスタッフ二人は、ミャンマーのカレン族である。二人ともとてもいい子なので、仕事も接客も何の問題もなく、喜んで仕事をしてもらっている。彼らの生まれ故郷は、見たこともないのでわからないが、彼らが言うには山の奥らしい。おそらく病院もなく、学校も役場もないところなのだろう。出生届も昔はちゃんとしなかったのだろう。 驚くことに、二人とも自分の誕生日を知らない。学校に行ったこともないから読み書きができない。二人の間はカレン語で会話するが、ビルマ語は何とかわかるようだ。ちょっとわれわれ日本人には想像がつかないが、パスポートを申請するにも、自分では用紙もかけないから、怪しい業者に依頼して全部やってもらっていたようだ。読み書きができなければ、出来上がってきたものが正確なのかどうかもチェックできない。 うちのシーちゃんのパスポートが5月末で切れるので、昨年9月に早めにと思いミャンマー大使館に更新の申請に行った。日本大使館でパスポートの更新をしたら3日で受け取れるが、3か月かかると言われた。結局5か月たっても連絡がないので、今週の月曜日にまた、私が引率してバンコクのミャンマー大使館まで確認に行った。 すると、もうできていると言う。できているが前のパスポートと記載事項が異なるので、火曜日にもう一度とりに来いと言われた。翌日、彼女だけを行かせてもらってきたのはこれだ。
画像
上が、新しいパスポート、下が現在のパスポートだ。なんと名前も違うし、誕生日も違う。どこでだれが間違えたのか?名前は、ミャンマーの発音をアルファベットに置き換えるわけだから、いろんな書きようがあるだろうが、それは一つに統一して、私の名前はアルファベット表記ではこうだというのが、日本人もタイ人もある。また誕生日も月が違う。本人にどちらが正しいのかと聞いても、自分の誕生日を知らないのだから、わかるはずもない。 要は、どこかで誰かが、書いてくれた名前、誕生日を覚えて、今後はそれにするしかないのかなと思う。 おそらくミャンマーには、こういう人達が多いのだろう。大使館は、パスポートの発行と同時に、参事官名で1枚の証明書を発行してくれた。
画像
これは、古いパスポートに記載の人物と、名前表記も誕生日も異なる新しいパスポートに記載の人物が、同一人物であるとミャンマー大使館が証明するといった内容だ。ちょっと今回は、カルチャーショックに陥ってしまった。 おでん屋クンちゃんに来たら、二人を温かく接してあげてください。本当に頑張ってますから!!

ワークパーミット5か月かかった!

チョンブリの労働局に9月12日に申請した、おでん屋スタッフ二人のワークパーミット。約2か月かかりますという労働局の職員の言葉を最初は信じたが、結局5か月が経った先週、「出来上がったから引き取りに来い」と連絡があり、受け取りに行った。
画像
5か月待ってできたのは、3月31日までの労働許可証で、次はレムチャバンにあるワンストップサービスまで行って、ビザの2年更新とワークパーミットの2年を申請しなければならないという。まだ終わらない。

プラウィット副首相の時計

画像
【1月24日 AFP】タイ軍事政権ナンバー2のプラウィット・ウォンスワン(Prawit Wongsuwan)副首相兼国防相が多数の高級時計を未申告で所持している疑いが浮上し、政権に対するあからさまな批判が珍しい同国で、辞任や徹底追及を求める声が高まっている。  12月以降、プラウィット氏が身に着けている腕時計を数えているフェイスブック(Facebook)ユーザーのページによると、高級腕時計は25個に上っている。内訳はロレックス(Rolex)11個、パテックフィリップ(Patek Philippes)8個、リシャール・ミル(Richard Milles)3個などで、総額120万ドル(約1億3000万円)相当。 ちなみに、12月に問題になったこの写真の時計は、リシャール・ミルというらしい。1,200万円らしい。
画像
あちこちの写真から、探し出したようだ。公務員の給与ではとても買えないので問題化し、国家汚職追放委員会も調査を始めたらしいが、当の本人は、友人からの借り物ですでに返したと言ってるらしい。どこの国でも政治家のつく嘘は、見え見えだが通ってしまうのか??? ちなみに、彼の公開資産の中には、時計はなかった。そのうち消えてしまいそうな話題だ。

終わらないミャンマー人の労働許可証

9月12日に労働局に書類提出を終えて3か月が過ぎた。「2か月後に確認の上、受け取りに来てください。」とその日に言われ、11月12日に問い合わせをしたら、まだ8月分ですら終わっていないと言われた。電話で問い合わせろと言うが、電話は全く通じない。 昨日、とりあえず労働局に行ってみた。3か月も経ったので状況も変わっているかと思ったら、同じだった。
画像
画像
いまだに申請に来る人の数が減っているようには思えない。申請は受け付けたが、発行が追い付かない?状態なのか?? もうすぐ正月を迎える。このまま年を越すこと間違いなしだ。昨日は、「受取証」をコピーして、電話番号を書いて提出して帰れというではないか?後で調べて、できたら電話するという。きっとするはずもないのだが・・・・ しかし、黙って放っておくよりはましだと思い、そうして帰った。 これが終わると、3か月かかると言われたミャンマー大使館のパスポート更新が待っている。これも3か月で終わりそうにないかな???? タイ労働局、ミャンマー大使館、頑張ってください。

ミャンマー人スタッフのワークパーミット

9月15日のブログから2か月が経った。 チョンブリ労働局に申請が受理されたのが9月12日。担当者からは、2か月後に電話で出来上がっているかどうかを確認してから受け取りに来てくださいと言われた。その時も相当混んでいて処理が追い付かないんだなとは思った。 今日、電話で確認した。実際固定電話の番号は、何回かけても話し中でつながらない。携帯電話の番号がつながった。受け取りに行けるかどうか尋ねたら、まだだと言う。8月の申請分もまだ完了していないのだという。 一体どうなっているのだろうか????それなら、今月末に再度電話しますと言うと、来月末がいいと言う。 来月末って年末のこと?? 結局、2か月後に受け取れると言ったのが、実際は3か月半もかかるということだ。 制度を変更すると処理が追い付かないのはよくあることだが、日本ならある程度予測の下に、体制を作ってから新制度を施行するんだろう。タイでは、とりあえず新制度を施行してから、おたおたするのかもしれない。 ミャンマー大使館のパスポートの更新も一人待っているが、それも3か月と言われているが、終わるのかどうか??? 両方がそろって初めてイミグレーションでビザの更新という手続きになる。まだまだ先は長い!

ロイカトーンのごみのすごさ!

画像
バンコク都庁は4日、前夜に行われたタイの伝統行事「ロイクラトン」(灯ろう流し)でチャオプラヤ川などに流された灯ろう81万1945個を回収したと発表した。76万19個は木などの天然素材製、5万1926個が発泡スチロール製だった。 ロイカトーンで回収されたクラトーンの数だが、えらい細かな数字で驚く。写真のようなゴムボートで数えながら網ですくったのだろうか?1個平均いくらなのかよく知らないが、50バーツとしても4000万バーツ、一晩で1億円以上売れるすごい商品だ。 昔は発泡スチロールの土台が大半だったが、最近は自然に優しい?天然素材(中にはパンでできたものも)が大半になっているのにも驚く。それを分けて数えたことにもっと驚く。

日本大使館で少しトラブル

年に1度、「年金受給者現況届」というのが送られてくる。要はまだそこで生きていることの確認なのだが、海外の場合、日本大使館に届けている在留届に基づいて「在留証明書」を発行してもらうことになる。 昨日朝から、タイヤ交換も終えた車を運転して、大使館に向かった。到着したのが10時15分、日本大使館の駐車場はガードマンでなくタイの警察官が管理していて、「免許証」と日本語で言われ、免許証を預けてビジター札をもらい駐車した。 この前のミャンマー大使館とは異なり、さすが日本大使館、11時15分には、証明書を受け取ることが出来、駐車場へ向かった。預けていた免許証を受け取り、大使館を後にした。その時確認しなかった。「日本大使館」だし、警察が駐車場を管理してるし、安心しきっていたのかもしれない。走り始めてしばらくして気が付いた。返されたのは私の免許証ではなく、別のタイ人の免許証だった。 いくら自分で運転してて、顔も黒いからといってタイ人に間違うなよ。友人と昼食の約束をしていたので、彼の会社へ向かい、その後に再度大使館に戻ろうと考えた。 結局2時頃に再び日本大使館に戻り、「違う免許証を渡されたのだけど・・・・」。3人の警官が「コップンカップ、コンップンカップ」と言いながらやって来て、私の免許証と交換してくれた。そのタイ人はすでに帰ってしまっていて、電話で連絡して取りに来てもらうそうだ。 それにしても、大使館の警官の対応が非常に礼儀正しく、謝ることもでき、今回時間は無駄にしたが、腹はあまりたたなかった。 皆さん、受け取った自分の身分証明は必ず確認しましょうね!!

ミャンマー大使館がすごいことになっていた!

≪ミャンマー人のパスポートを新たな赤いパスポートに変更する≫≪バンコクのミャンマー大使館で今ならできるが、3か月後には本国でしかできない≫≪今手続きしても3か月後しか発行されない≫等々、ミャンマー人の間で噂が広がる。ミャンマー大使館に真偽を確認しようと電話するが、電話は全くつながらない。よくわからないが、とりあえず、うちのシーのパスポートが来年の5月で切れるので、更新しておくことにした。 1人で大使館に行けるかと聞くと、行けないという。クンちゃんに連れていけと言ったが、私もわからないという。結局日本人の私が、ミャンマー人とタイ人を連れて、バンコクのミャンマー大使館に引率することになったヾ(@°▽°@)ノあはは 月曜日、3時半起床、4時半発のエカマイ行きロットゥーに乗った。エカマイ到着6時15分。そこからBTSで大使館のあるスラサック駅まで行く。朝の6時過ぎからBTSは満員で日本の朝を思い出した。
画像
サイアムでシーロム線に乗り換えてスラサックで降りた。駅から徒歩5分くらいに大使館はあった。勝手口みたいに開いた鉄扉から入れという。
画像
到着したのはちょうど7時、大使館業務は8時からなのだが、7時の時点でこんな状態だ。皆は何時から来ているのだろう??
画像
画像
画像
タイで働くミャンマー人は45万人とも言われているが、一斉にパスポートの切り替えや申請に来ているのだろう。毎日こんな状態になっているようだ。まるでどこかの難民収容所のような光景だ。皆手に申請書類を持っている。 大使館の担当官が一人、マイクを手に説明するのだが、ミャンマー語なのでさっぱりわからない。またカレン族のシーもよくわからないという。彼女はカレン語だから・・・ どこで申請書類をもらうのか?どこで写真を撮るのか?誰かに聞けと彼女に促すと、親切なカレン族の男性が見つかり、教えてくれた。シーは学校に行ってないのでミャンマー語の読み書きもできないため、その男性がすべてを記入してくれた。
画像
最後まで彼のことを金で代行する業者だと思っていたら、本当の親切だった。読み書きできない人が多いため、この仮説の部屋には、代行屋らしき人間が小さなデスクを構え、代筆している。 書類が用意できたものから並ばされ順番を待つ。そこで書類のチェックと何やらを行ない受付が終わると、先ほどの勝手口を出て本館の方に移って、また待つことになる。本館と言ってもまあ想像を絶するが、300人以上の人が通路もないほど待っている。写真撮影禁止の張り紙が至る所にあったため、写真を撮れなかった。 シーは、朝から食事もせず、ただ座って待つだけの時間を過ごした。我々は、その間昼食までタニヤ近辺に出かけ友人を訪ねた。2時に戻って来てもシーはまだ本館の人混みで名前を呼ばれるのを待っていた。 ちょっとびっくりしたのだが、トイレに行って驚いた。まあ汚いトイレだ。仮設なのかもしれない。そう思うことにした。
画像
シーの名前が呼ばれ、申請が受理されたのが5時半だった。新しいパスポートが出来上がったら電話で連絡するという。約3か月。日本大使館なら3日後に受け取れるのだが・・・・
画像
この時間でも、大使館の中には何百人という人がいる。すべてがミャンマー語なので、何を待っているのか?何をしに来たのか?実はまったくわからない。大使館の外にもたくさんの人が・・
画像
この人たちは何を待ってるんだろう?疑問はたくさん残るが、とりあえずは、申請が終わったということだ。 結局、シラチャにバスで戻ったのは、9時過ぎになってしまった。初めてのいい経験をさせてもらった。 たくさんのミャンマー人を助けることはできないが、一人二人でも助けられたらうれしい。

ミャンマー人のワークパーミット申請・労働局・・・続き

8月29日に再提出を言われ、その日に次の予約をとったら9月12日であった。29日に戻ってから、すぐに言われた書類を訂正し、写真も用意した。そしていよいよ12日になり、これで最終にしたいと意気込んで8時に労働局に到着した。まだ始業まで30分ある。混雑を避けるため、先の予約券を発行し、一日300人と決めて処理をしているためか、始業を外で待つ人数も少なくなっている。 始業とともにその日の予約券を見せ、当日の整理券をもらう。さすがに若い番号が手に入った。
画像
事務所の中も整然としている。
画像
待つこと1時間半、10時には番号が呼ばれた。当然前回の担当者とは違う窓口だ。もっとも性格が悪そうな女に当たった。また始まった。あれが違うこれが違う。黙って聞いていたらまた再提出になると思い、「2週間前に来た時に、あちらに座ってる担当者からこうしろと言われた。聞いてみてくれ!」と言ったら、その彼女に聞き、再度書類を見直し、納得した。担当者によって判断が違うと何回来ても終わらない。 「この写真はダメだ、使えない」という。写真屋で撮った写真を持ってこい。」と言われた。大きさは問題ないのに、それなら初めから『写真屋で撮った3センチ×4センチの写真を3枚』と書いておけ!「不備なのはその写真だけか?本当にそれだけか?」と念押しに聞いて、今日中に待ってきたら受領してくれるかと確認。「2時までに待ってきたら今日処理してやる。」という。 その場で、うちの従業員に電話し、「今すぐ写真屋に行って、写真を撮ってきて、グリーンライフまでもってこい。」支持し、一旦グリーンライフに戻った。その時点で写真は届いたので、再び労働局へ引き返す。 11時半には、戻ることができ、性格の悪い担当者に写真を添えて提出する。「座って待ってください。」 12時になるとその女がマイクを持って立ち上がり「スタッフは今から昼食に入ります。一旦この部屋から出て、1時に再開しますからまた来てください。」・・・・・むかっ!! しょうがないので、昼食に出て、ついでにマクロで仕込みもし、1時半に戻った。「まだ終わってませんよね??」と聞くと「もう何回も呼んでます!」・・・むかっ!! 受け取った書類には上司のサインも終わっていて、2階の経理の部屋で支払いをしろという。2階に上がりまた整理券で順番を待ち、2,000バーツを払う。これで終わった。 ワークパーミットの申請が終わり、金も払い、後は受け取るだけだ。ワークパーミットの受け取りはいつかと聞いたら、「2か月後に領収書に書いてある電話番号に電話して、できているかどうか確認してから受け取りに来てください。」だと。 書類を受領してから、発行するまで2か月かかるらしい。おそらく1日に発行できる枚数に制限があるので、追いつかないのだろう。どちらにせよ11月の半ばには受け取れるようだ。 7月12日から始めたこの作業、2か月かかってやっと引き取りを待つまでやってきた。これだけ苦労してとったのだから屋台のスタッフも末永く働いてほしいものだ。 今後の作業は、ワークパーミットを受け取った後、イミグレーションでビザの更新。一人は、パスポートの更新も控えている。一歩一歩、進めるしかない。 日本人の私が、タイで働くミャンマー人の労働許可をタイの役所で取得するのに成功した。結構達成感がある。

結局断水はしなかった!!???

日本では考えられないが、水道局が水を止めて工事するときは連絡も何もない。たとえば朝から断水してて、水道局に電話で問い合わせると、「○○で工事しているので、断水している。午後7時まで断水します。」とか、やっと答えてくれたのが今までだ。 ところが今回、早々と29日、30日タンク洗浄のためシラチャ全域断水しますとウェブサイトに掲示した。ところがふたを開けてみると、確かにスクムビットの東側に住んでいるスタッフは、二日間朝から断水したと言っていたが、アパートの近くは断水しなかった。よくわからない??? 29日の日も、水道局に「断水してないが何時から断水するのか?」と電話で聞いたら、「上の方から断水していくので、下の方もその内断水する」という回答。結局断水はなかった。 まあ、結果的には何の被害もなくよかったのだが、この地域は断水するとか、この地域は断水しないとか、水道局の担当もわかってないのだろうか??不思議な国だ。

イオンの栄枯衰衰

最近シラチャでは、閉店する店、名前が変わる店が多い。シラチャの商圏が広がり、客が分散し、客足が途絶えたのだろう。 イオンに買い物に行ったついでに昼飯を食いに「すき家」に入った。隣にあったリンガーハットは閉めた。その隣のぼてぢゅうも「ぢゅうちんてい」とかに名前が変わっている。
画像
画像
お昼の12時20分にすき家に入った。客はゼロ。「いらっしゃいませ」の声も上がらない。中でスタッフの話し声が聞こえる。店内を見回すと二人客が来ていたようだが、まだ片づけられずに放置されている。
画像
画像
テーブルの押ボタンを押したら、やっと中から「ローサクルーナカー」。馬鹿野郎!忙しくもないのに、客が帰ったらすぐ片付けろ!客は1組なのだから、呼んだらすぐ来い!と言いたくなる。いつも119バーツのサーモン丼を楽しみに来るのだが、最近はメニューにバツ印がつけてある。もうないのだ。 こういうチェーン店は、マニュアルがしっかりしてるから、オープン当時は、皆マニュアル通りに元気よくてきぱきと動いていた。しかし、客が来ないとどんどんだれていく。その内、優秀なスタッフはやめて、どうでもいいのを採用する。そして接客マニュアルを適当に教える。客が少ないとメニューも覚えないし、仕事も適当になる。こうして店は荒廃していく。 食い物商売は難しい、客が来なくてもメニューの材料は仕込んでおかなければ出せない。出なければ材料が古くなる。材料を節約する。美味しいものが出せなくなる。客がますます来なくなる。 客が多いと、毎日仕入れて毎日仕込む。材料はいつも新鮮。美味しいものが出る。客はどんどん増える。増えれば増えるほど回転が良くなり、美味しくなる。高い材料も使えるようになる。 あれだけ人が入っているロビンソンですら、丸亀製麺、吉野家は撤退。ココイチもよく続いてるなと思うが客が多いのを見たことがない。頑張ってるのは8番ラーメンくらいだ。 まだまだシラチャは、バンコクのようにはいかない。いっそのこと工業団地の中に「すき家」があったら今よりもっと客も多かっただろうと思う。いつまで続くのだろうか???

蜂に刺された!

午前中、仕事さぼってゴルフに行ったら、罰が当たって唇の下を蜂に刺された。滅茶苦茶痛く、腫れあがった。
画像
実は、事務所のスタッフの兄が、1週間前にスズメバチに刺され重症化し入院していて、今日は病院を変わるため休みを取っている。昨日もたまたまその話で、タイ語の「蜂」について聞いていたところだった。 タイ語の辞書には「蜂」は「プン」としか出てこない。しかし、「プン」は、「ミツバチ」のことを指すのだ。 ゴルフ場の木に巣を作っているのは「テーン」という。「テーン」とはどんな蜂かと言うと
画像
そして、スタッフの兄が刺されたスズメバチは、「トォー」と呼ぶ。
画像
要は、ミツバチを「プン」、アシナガバチ系の小型の蜂を「テーン」、大型のスズメバチを「トォー」と蜂には3種類の呼び方があるのだ。ちなみに蜂が刺すことを「トイ」という。今日の私は、「ドーン・テーン・トイ」(テーンに刺された)となる。 まあしかし、後日発熱しても困るので、念のためサミテベ病院に行って抗生物質と抗炎症剤を処方してもらってきた。皆さんも気をつけてください。

ますます混雑のチョンブリ労働局

12日に「バイクオータ」の申請をして、2週間後に確認の電話してから受け取りに来てくださいと言われた。 そこで昨日電話をして聞いたら、「今日までに終わっているのは、7月5日の申請分までです。もし急ぎで欲しいなら12日付の受け取り表をカウンターに出したら、その日の午後4時半までに発行します。」という。 混み方は日を追って激しくなっているようだ。そこで今朝7時半にアパートを出て8時にチョンブリ労働局に着いた。オープン前15分だがこの状態。
画像
画像
緑のテントの中でテーブルを置いて整理券を配っている。この整理券は、館内に入る整理券をもらうための整理券で青の49番だった。49番は早いなと思ったら、青の前に赤の券が100番まであって、要は149番ということだ。 受け取り表を出すのに149番も待たなくてはならないと思ったら、オープンすると入り口で「バイクオータを受け取りに来た人は予約票をカウンターに出してください」とアナウンスしてる。現場はかなり混乱しているようだ。すぐさま予約票をカウンターに提出。後は名前を呼ばれるのを待つだけだ。 部屋の中は、前回同様人が多いが、外の整理券で規制しているため、以前より整然としている。
画像
画像
11時半になっても外はこんな状態
画像
画像
バイクォータの発行もすごい数なので、11時半からは「できたものは外で名前を呼びます」とアナウンス。 外へ出ると、籠の中に山積みのバイクォータを「この中から、自分のを探してください」とアナウンス。「なければ次の回です」 11時半の中にはなかった。昼食に出かけ1時に戻ってきたら次の籠が出ていた。その中にあった!
画像
やっとバイクォータ(ミャンマー人雇用割り当て証明書みたいなもの)をゲットできた。 これをもって採用する人間の健康診断書をとりに行く。その後にやっとワークパーミットの申請書類をそろえ、提出し正規雇用となるわけだが、来週はそれにかかる。あと何回、朝から整理券をもらって並んで待つことになるのか???それでも少しづつは前に進んでいる。

外国人労働者の規制強化で・・・

昨年から周辺3国からの出稼ぎ労働者の規制が強化された。要は、不法就労の摘発を強化したわけだ。 チョンブリもご多聞にもれず、先月末には摘発があった。労働局の入り口には、不法就労者を雇用している業者には40万バーツから80万バーツの罰金を課するとのポスターが・・・
画像
この2か月くらいでシラチャにいる不法就労者はほぼ全員帰国した。雇い主に罰金となると首にするしかないから働く場所がない。新たにパスポートをとって正規入国するためだ。 シラチャには、特にミャンマー人、カンボジア人が多い。労働許可を持っていても、過去の雇い主になったままで転職している外国人が多く、雇い主はそれを確認し、過去の雇い主から自らに切り替えなければならない。そこでチョンブリの労働局は、大変な混雑となる。 昨日、朝8時10分に到着したら8時半のオープンを待って、すでに長蛇の列
画像
オープンして整理券をもらったら、124番だった。 まずはミャンマー人を何人雇用したい、仕事の内容はこうですという雇い主側の希望を出し、「バイ・クオータ」という割り当て認可の書類をもらわなければならない。これがないと雇用するミャンマー人の健康診断も受け付けてもらえないのだ。申請書類を記入し、カウンターに提出した。「座ってお待ちください」と言われたが、座る椅子などは満席ですし詰めの電車状態
画像
名前を呼ばれるまで2時間半待った。労働許可申請の別の部屋もこんな感じ
画像
建物の間の通路には屋根があり、筆記用のテーブルも置かれているが、その横には、申請書類の山
画像
この日は、11時半にやっとカウンターでヒヤリングを受けて、申請書類を受理してもらった。「バイクオータ」が出来上がるのは、1週間後と書かれていたが、混んでいるため2週間後に電話で確認してから取りに来てくださいと言われた。まだまだよくわからないことがあり、時間がかかりそうだ。とりあえずワンステップ進んだ。

売買春に関する意識調査・・タイらしい

【タイ】タイ国立ラーチャパット大学バーンソムデットチャオプラヤ校が4月26―28日、バンコク都内で実施した売買春に関するアンケート調査(回答者1158人)で、「売買春は普通のことだと思う」との回答は32・6%、「思わない」は55・3%だった。  「売買春に関わったことがある」は11・5%、「ない」は73・5%。  「売買春を合法化すべきと思う」は33・8%、「思わない」は49・3%だった。  「売買春を目にしたことがある」は53%、「ない」は31・1%。「目にしたことがある」と回答した人に場所を聞いたところ、「ルムピニ公園、ウォンウィエンヤイなどの道路脇」が43・2%、「娯楽施設、カラオケ店、スパ、理髪店など」29・7%、「マッサージ店」16・8%、「インターネット」10・3%だった。  「売春する理由は何だと思うか?」という質問には、30・6%が「収入を補うため」と回答した。次いで、「だまされた、もしくは強要された」が24・9%、「家庭の貧困」が21・5%だった。  「タイが外国から売買春が盛んな国と見られていることを知っているか?」という質問には、58・1%が「知っている」と回答。「知らない」は29・1%だった。 こんな記事があった。「普通のことだと思う」の32.6%に結構驚いた。やはり、タイ人もそう思っているのか。 これでは、しばらくはなくならないようだ。