港の「キリン」

アオウドムやレムチャバン港に、船の積み荷を上げるクレーンをよく見かける。タイ語で何というのか聞くと「ジラーフ」と教えられた。ジラーフとは英語のキリンである。
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そう言われて見ていると動物園の「キリン」に見えてくるから不思議だ。確かにキリンである。

「明太子」の語源について

昨日は金曜日のカレーの日だった。昨夜の屋台は、7時前からお客さんが座り始め、7時半にはほぼ満席になった。こんな日は、普通9時ごろにサーッと引いていくものだが、昨夜は違った。結局10時過ぎまで満席状態が続き、11時半までお客さんがいる状態となった。1日売り上げも、過去最高を記録した。水商売とはよく言ったものだ。こんな日もある、疲れ果てた。 今日の話題は、お土産でもらっても嬉しい「明太子」の話だ。 小さい頃に、大阪に行くと母がいつも「タラコ」を買った。今は「辛子明太子」が主流となり、普通の「タラコ」と呼ばれる塩漬けはあまり見られなくなった。 成人して初めて「ふくやの辛子明太子」を食べた。当時は今よりもっと辛かった記憶がある。それが少しづつ辛さを抑えて全国に普及して行ったのだと思う。今では「辛子明太子」を省略して「明太子」と呼ぶため、タラコはすべて明太子になったようだ。 そもそもタラコは、ご存知のようにスケトウダラの子だ。韓国語ではスケトウダラを「ミョンテ」といい、漢字表記では「明太」と書く。単純に考えると、辛子明太子は、昭和初期に釜山から輸入されたのが最初だということを考えると、韓国語が語源のような気がする。一方でロシア語でもスケトウダラは「ミンタイ」という。しかし、このロシア語は、20世紀以降に使われ始めた言葉らしく、ロシア語が語源とは考えにくい。 中国語はどうだろうと調べると、スケトウダラを「明太魚」(ミンタイユー)と呼ぶ。おそらく語源はここにあるようだ。 中国から朝鮮半島を経て、韓国の辛い塩漬けを独自に発展させて、「メンタイコ」という新たな日本語を生んだようだ。 ちなみにご存知の方もいるだろうが、「イクラ」は、「魚の卵」という意味のロシア語である。

料理法のタイ語④ 「蒸す」

第3回で終わりと書いたが、ひとつ忘れていた。「蒸す」という言葉だ。 純粋のタイ料理には、蒸す料理は殆どないが、シーフードなどのタイ中華には、蒸すものがある。一般的に「蒸す」と言う言葉は「ヌン」という。「プラーカーオ・ヌン・シユ」(ハタの醤油蒸し)のように使われる。 もうひとつ「オッブ」という言い方がある。「クン・オッブ・ウンセン」(海老の春雨蒸し)のように、蒸し焼き風なものに使われる。炊き込みご飯のようなものも「カオ・オッブ・○○」と言うから、一概に蒸し焼きとも限らないのだが・・・・。 以上で料理法のタイ語は本当に終わりです。

料理法のタイ語③ 「煮る」

この10日間、毎日雨が降る。屋台で雨に濡れて、風邪までひいてしまった。あと1週間で乾季に入ると信じて我慢しているが、本当に雨季が明けるだろうか?最近の異常な気候のため、安心はできない。 11月の満月の夜は、ロイクラトーンだが、今年は6日の木曜日だ。それまでに終わってればよいのだが・・・・・。 料理法のタイ語の第3弾「煮る」 一般的に「煮る」で使われるタイ語は、「トム」である。この言葉は、日本語の「煮る」と「ゆでる」の両方に使われる。カオ・トムはお粥、トムヤムクンもトムも同様だ。ちなみに「ゆで卵」は、「カイ・トム」である。 日本語の「煮込む」に当たるのは「トゥン」という言葉がある。これは、弱火でグツグツと長時間煮込むときに使う。「ヌア・トゥン」(牛肉の煮込み)「ムー・トゥン」(豚肉の煮込み)のように使われる。 逆に、「さっと茹でる」という意味で使われるのは「ルアック」である。所謂、しゃぶしゃぶのように、短時間で茹でることを言う。お粥屋さんなんかで、「プラー・ルアック・チム」というと、魚をゆがいてタレをつけながら食べるものをさす。「チム」は、(タレに)浸けるという意味。ちなみに「浸けダレ」は、「ナームチム」だ。 料理名で、パローという単語がある。「ペッパロー」(鴨の煮込み)、「カイパロー」(煮込み卵)、「ハーンパロー」(ガチョウの煮込み)、「ムーパロー」(豚の角煮)などがあるが、八角などの中華香辛料で煮込んだ料理だ。このパローは、おそらくタイ語ではなく中国語(潮州語)の料理名から由来するものと思う。 料理法のタイ語は、この3回で終わりである。また、少しづつ料理にまつわる話を入れたいと思う。

料理法のタイ語② 「炒める・揚げる」

タイ語の料理方法第2弾は、フライパンを使って行う料理法だ。これは、使う油の量によって使い方が分かれる。 一般的に日本語の「炒める」は、良くご存知の「パッ」である。焼き飯の「カオ・パッ」の「パッ」である。 油を材料がぎりぎり浸かるくらい入れて炒めるのを「チアオ」という。タイ風卵焼きは「カイ・チアオ」である。他にも「ガティアム・チアオ」(大蒜のみじん切りをカリカリに揚げたもの)などがある。 たっぷりの油で揚げるのを「トード」という。「ガイトード」(鳥のから揚げ)や「トードマンプラー」(タイ風さつま揚げ)の「トード」である。これは日本語の「揚げる」と同じ意味である。 逆に極端に少ない油で炒める、日本語の「煎る」に当たる言葉は「クア」という。「ガイ・クア・クルア」(鳥の塩揚げ)は、一旦揚げた鶏肉をフライパンでカラカラに煎りなおした物を呼ぶ。ゴマを煎ったりするのも「クア」という。 要は、油の少ない順に「クア」「パッ」「チアオ」「トード」と言うことになる。

料理法のタイ語① 「焼く」

以前に一度書いたテーマのような気もするが、探しても見当たらなかったので、数回に分けて料理タイ語を特集しようと思う。 今回は、「焼く」という料理。基本的に、フライパンなどを使わずに直火で「焼く」という言葉だ。焼き方によっていくつかのタイ語がある。 もっとも一般的なのは「ヤーン」、これは皆さんもご存知の「ガイ・ヤーン」、「コームー・ヤーン」、「ヌア・ヤーン」など、日本の焼き鳥、焼肉もヤーンである。ちなみに、「韓国焼肉」は「ヌアヤーン・カオリー」となる。 他に「パオ」という料理名のときがある。「プー・パオ」「クン・パオ」とか、魚介類を、激しい炎の中で焼く時に使われる。もともとパオとは「燃やす」というイメージだ。火葬するときも「パオ」という。 それとは逆に、炎の出ない炭火で、じっくり焼くのを「ピン」という。日本語でいうと「あぶる」というイメージだろうか。使われるのは「ルクチン・ピン」(すり身団子を串にさして、焼いたもの)、「ムーサテ」などもピンするという。主に串にさしたものを、焼くのを呼ぶように思う。「みたらし団子・ピン」である。

タイ語の「バタリアン」

最近、ヘアスタイルを少しだけ変えてみた。バリカンで刈り上げるのは同じだが、いわゆるGIカットとか、クルーカットとか呼ばれる海兵隊くらいまで刈り上げた。頼まなかったが、センターが少しとんがったソフトモヒカンみたいになった。 まあそんなことはさておき、タイ人は、バリカンのことを「バタリアン」という。ホラー映画みたいなタイ語?に疑問を感じていたのだが、なぜ「バタリアン」というか調べてみた。 そもそも、英語の「Battalion」らしい。Battalionとは、軍隊用語で「大隊」という意味である。なぜ大隊がバリカンになったのかは定かではない。タイ語の解説では、バリカンの刈りあとが、整然と並ぶ隊列に見えるからだろうと書いてあるがどうも違うような気がする。 アメリカ軍を視察したタイ人が、「いやあ、皆さんきれいに散髪してますねえ。」と言ったのに対し、「当然です。バタリオン(大隊)ですから。」みたいな通じない英会話の中で、「よし、タイ国軍もこれからはバタリオンで刈り上げよう!」みたいなことになったんじゃないかと想像するわけだ。 実際英語では、Hair clipperというのだが、じゃあ、日本ではなぜ「バリカン」というのか???またまた疑問が沸いてきた。 バリカンの語源は、長らく不明だったらしい。金田一京助が、三省堂の「日本外来語辞典」を作成時の調査で初めてわかったという。 1883年(明治16年)にフランス駐在の外交官・長田桂太郎がフランスから持ち帰ったのが初めてで、フランスの「Barriquand et Marre(バリカン・エマール製作所)」の製品だったからだそうだ。 またひとつ賢くなりました!!

世界中で不思議な国の呼び方

東京は、中国人以外は皆、「トーキョー」と呼ぶ。しかし、国の名前である「日本」は、英語では「ジャパン」、フランス語では「ジャポン」、タイ語では「ジープン」、韓国語では「イルボン」、中国語では「リーベン」、外国人から「ニッポン」と呼んでもらったことがない。国の名前なのだから、その国の人が呼んでいる名前、近い発音で呼んで欲しいと思う。 イタリア人のマルコポーロが13世紀末に書いたといわれる「東方見聞録」の中で、「Zipang」(ジパング)と書いたのが英語のジャパンの語源で、以降はずっとジャパンなのだ。では、マルコポーロがなぜ「ジパング」と呼んだのか?というと、古い中国語の「Zuben」(ズーベン)から来ているらしい。 ドイツ人は、自分の国をトイッチェと呼ぶから、日本語のドイツは近い。これは日本語で「独逸」という当て字をつけたためドイツになったようだ。ジャーマンでもなく、ジャルマンでもない。 屋台で働くミャンマー人の子は、なぜタイ人は「パーマー」って呼ぶのだろうと不思議がっていた。ミャンマーでは、自国のことを「ミャンマー」と呼ぶのだから。 タイでは、もっと不思議なことがある。Bangkok(バンコク)は、外国人の呼び名であって、実際は「クルンテープ・マハナコーン」である。バンコク登録の車のナンバープレートにもそう書いてある。バンコク銀行は英語表記では「バンコク・バンク」、タイ語名は「タナカーン・クルンテープ」である。 その国の言語がよく知られないうちにマルコポーロみたいな奴が来て、何かに記述した名前がそのまま英語で残っていったいい例である。 彼は、タイの大きな川を見て「これは、何という名前ですか?」と聞いたのだろう。その時、そこにいたタイ人は「これは、メナームです。」と答えたのだろう。それからしばらくは「メナーム・リバー」と呼ばれてしまった。私の小中学校の教科書には「メナム川」と書かれていた。私は31年前始めてバンコクに来て、その川の名前が「チャオプラヤ川」だと初めて知った。 最後に、ワールドカップももうすぐ始まるが、日本は「JPN」と表記される。これは「JAP」となるべきものが、英語では、差別用語なので「JPN」なったようだ。

「キー」というタイ語

タイ語の「キー」(英語の鍵とほぼ同じ発音)は、「ウンコ」と言う意味である。この「キー」をつけて、人の性格を表現する複合語がたくさんある。 「キー・ニヨ」      けち 「キー・フン」      やきもちやき 「キー・モーホー」   怒りんぼ 「キー・ゴーホック」  嘘つき 「キー・コーン」     ずるい 「キー・オーン」     泣き虫、あまえんぼ 「キー・ローン」     暑がり 「キー・ナーオ」     寒がり 「キー・ソンサーイ」   疑り深い 「キー・ルーム」     忘れっぽい 「キー・アーイ」     恥ずかしがり 「キー・キアット」    怠け者 思いつくだけでもこれだけある。やはり、いい意味には使われないようだ。所詮「糞」は「糞」なのだろう。 よく使われる「キーニヨ」だが、「ニヨ」は、カオニヨの「ニヨ」で「粘っこい」と言う意味だ。直訳すると「粘っこいウンコ」と言うことになる。「ウンコを出すのも惜しむ」と言う意味だろうか?これは私の推測でしかないが・・・・

「反省する」というタイ語

日本語とタイ語には細かなニュアンスの違いがある。以前紹介した「パヤヤーム」(頑張る)という言葉もその一つだ。普段よく使っていて、どうも真意が伝わっていないと思う言葉に「ピチャラナー・トアエーン」と言う言葉がある。これは「反省する」と辞書では訳されている。 広辞苑で「反省」を調べると、「自分の過去の行為について考察し、批判的な評価を与える」と書かれている。ところがタイ語の「ピチャラナー・トアエーン」とは、直訳すると「自分自身を検討する」となる。 おそらく、「批判的な評価」を与えるとは限らないのだと思う。「もっと、反省しろ!」と言う意味で、「ピチャラナー・トアエーン」を使うのだが、大半は結果的に「自分を振り返ってみたが、やはり他の要素の方が悪かった」となってしまうのだ。だからと言って「反省しろ」と言うときに「自分が間違ったのだから、その間違いを素直に認めて、次からはどうしたらいいのか自分で考えてみなさい!」とご丁寧に言うと、「私だけが悪かったわけではない」と返ってくる。 なかなか、言葉は難しい!!

「偽物」というタイ語

偽物のことをタイ語で「コン・プローム」とか「コン・ティエム」と言う。「プローム」も「ティエム」も「偽の」というタイ語で、タイ人にどう違うかを聞いても、同じだという。 しかし、使い方には微妙な差があるように感じる。たとえばルイヴィトンの偽物は「コン・プローム」と言い、「コン・ティエム」とは言わない。人工衛星は、「ダオ・ティエム」(偽の星)と言い、合成皮革は「ナン・ティエム」と言う。この場合、ダオ・プロームとかナン・プロームとは言わない。悪意を持って作られたものがプロームで、善意を持って開発されたものがティエムなのかも知れない。偽名は「チュー・プローム」、入れ歯は「ファン・プローム」。先程の理屈だと入れ歯は善意だから「ファン・ティエム」と言う方が正しそうだが、そうは言わない。と言うことは、先程の理論も正しくないようだ。 もう一つ、偽物と言う意味ではないのだが、「アッ」(貼り付ける)をつけてモドキを表現する事がある。例えば、ベニヤ板を「マーイ・アッ」、パンチカーペットは、「プロム・アッ」、タイ人が好きな「カニカマ」は、「プー・アッ」と言うのは面白い。カニが貼り付けられている訳ではないのだが・・・・・。

「噂をすれば影」

「噂をすれば影(が差す)」ということわざがある。 先週の話になるが、夕方、屋台の仕込をしていたスタッフが「O本さん、しばらく来てないね?仕事が忙しいんだろうか?」。そう言えば、1ヶ月以上顔を見てないね、という会話をしていた。自称「おでん屋台の営業部長」ことO本さんの話題になったわけだ。 その日、店をオープンすると同時に、O本さんがやって来た。娘さんを連れて、「むしょうに寿司が食べたくなって、娘を誘って出てきました。」 寿司が食いたくなっておでん屋に来るのも妙な話だが、「あさみ」から寿司をとって、おでんと寿司で一杯ということになった。
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まさに「噂をすれば影」である。英語では、「Speak of the devil.」(悪魔の話をしていると・・・・。)、中国語では、「説曹操曹操到」(曹操の噂をしていると曹操がやって来た)など、世界共通の現象のようだ。 タイ語でもそんなことわざがあるのか聞いてみた。そんな時タイ語では、あまり良い言葉ではないが、「ターイ・ヤーク」というらしい。直訳すると、「なかなか死なない」という意味だが、噂をしていてそこに現れると「まだ死んでなかったか」という驚きの意味を込めて言うようだ。 まあそれにしても、O本さん、娘さん美人ですよ!!

飲食店のチェックビンの不思議

飲食店で清算を求めるときに、タイ語でいくつかの言い方がある。「チェックビン」「キッサタンノーイ」「ケップタンノーイ」。「チェックビン」は、「Check bill」だから、「請求書を確認してください」みたいな感じ、日本語で言うと、「伝票締めてください」。「キッサタンノーイ」は「銭を考えて!」で、「お勘定!」くらいの感じ、「ケップタンノーイ」は、「銭とってちょうだい!」で、「お愛想!」くらいの言い方である。 実際、クーラーの効いたレジが備わっている飲食店では、きちんと伝票に記載され、「チェックビン」は正しいが、オープンエアーの店では、伝票もなく、「キッサタンノイ」と言うと、メモをもったオーナーが、「えーっと、何を食べたかな?」と言いながら、計算する。こんな光景をよく見るだろう。
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何十年も前からこのやり方で、あまり変わらない。大半の日本人は「注文したとき伝票に書いておいたら、すぐ計算できるのに」と思うに違いない。 この理由が、屋台をやってみて初めてわかった。町場の個人の小さな店では、従業員は月給の場合もあるが、大半は日当従業員である。おそらく現在の相場は、少し上がって、6000B~8000Bくらい、日当なら、200B~300Bの間くらいだろう。去年オープンした「丸亀製麺」は、10000Bで募集をかけていたから、かなり安いことになる。 従業員を雇うと、マニュアルを作って、メニューを覚えさせて、システムにのっとって教育すれば後は楽勝なのにと考えがちだが、この給与レベルの人たちには、そうはいかない。町場の飯やの従業員になると、定着率が低く、教えてもすぐやめる。下手をすると、毎月教育していなければならない。メニューが覚えられない、字がちゃんと書けない、足し算ができないなどなど様々な理由が混在し、最終的には、オーナーが、テーブルまで行って、「はい、何を食べましたか、これとこれとこれと・・・・・」てなことになるわけだ。うちの女将も、伝票管理でやろうと頑張って入るが、「ビール何本出た?見てちょうだい?」なかなか、完璧にはならない。このままずっと行くと思う。私も、色々やり方を考えるのだが、できる人間があっての話になるため、なかなか難しい。いつまでもこのアナログ方式でいいかなと考え始めている。

タイ語の覚え方

最近タイ語の覚え方について聞かれる事が多い。50歳前後で初めてタイに来た人は、正直なかなか頭に残っていかないものだ。メモをお薦めする。とりあえず聞いた単語を書き留めるためのメモ帳を絶えず持ち歩くことだ。カラオケにも持っていく。すると、ホステスとの会話も弾むというものだ。
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これは現在の私のメモ帳だが、真ん中に線を引き、左にカタカナでタイ語、右に日本語訳である。ここ数年は、初めて聞く難しい言葉しかメモしないので、頻度は低いが、23年前に来た頃は、1ヶ月で2~3冊は埋まっていったものだ。 とりあえず、日常生活の中で、聞いた新しい言葉をすべてメモする。レストランの美味しいメニューでまた来たときは注文したいものもすべてメモする。お客さんをローカルの店に食事に案内すると、「旨いですねえこれ、何と言う料理ですか?」とよく聞かれる。しかし、メモしないので10分後には忘れているものだ。料理は、メモして次に行った時は、メモを見ながら自分でオーダーするようにすれば、一度食べた美味しいものを次も食べられる。 メモをとって、単語の数を増やす、文法も考えずに単語を並べれば大体意味は通じるし、聞いたタイ人が訂正してくれて、言い直せば頭に残る。 若いときと違いなかなか覚えられないものだが、せっかく外国に来たのだから、その国の言葉で会話できると、もっと世界も広がり、楽しい駐在生活になるはずだ。 皆さん、頑張ってください。

「パタヤ」は昔「タパヤ」だった?

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この写真は、近所のお粥屋に掛けてある写真である。1952年というから今から60年前の写真なのだが、英語で「タパヤ」と書いてある。これはどこだと聞いたら、「パタヤ」だという。きっと英語のスペルを間違えたのだろうと思い、左側のタイ語を読むと「タップ・プラヤー」すなわち「タッパヤー」と書いてある。 疑問に思ったら調べてみるのが私の癖、日本語サイトには情報がないため、タイ語のサイトで調べさせて少しわかってきた。 「タップ」は軍隊や軍の基地をさし、「プラヤー」は、アユタヤ時代の軍隊の上から3番目の階級を指す。さしずめ、「将官の駐屯基地」みたいなものか。ちなみに、当時のその上の階級は「チャオプラヤー」だそうだ。 アユタヤ時代の末期、ビルマに攻め込まれていた1767年、新兵を求め東方に進出し、パタヤに軍の基地を作り、「タンボン・タップ・プラヤー」(タッパヤー村)と呼んだ。 その後、海側を呼んでいた「パタヤー」と名を改めたようだ。雨期に吹く「南西の海風」を「ロム・パタヤー」と言い、海岸線をパタヤーと呼ばれたらしい。 となると、200年以上前からそこは「パタヤー」であって、すでに「タッパヤー」ではない。そこで現在の地図で調べてみると、パタヤビーチロードから南下しジョムティエンに抜ける山越えの道は、「タップ・プラヤー通り」になっている。すなわち「タッパヤー通り」なのだ。この写真は、南のタッパヤー通りの山の上から北のパタヤ海岸を撮影した写真なのだろうと推測される。撮影場所が、「タッパヤー」なのだ。 まあそんなこんなで、パタヤを発展させた米軍兵士が、タッパヤーが発音しにくく、パッタヤーになってしまったのかも知れないと考えていた自分の予想が外れた。それぞれに意味がある言葉であった。

ついでに「串カツ」という言葉

屋台のメニューは、おでんだけではない、「おでん」と「串カツ」の屋台なのである。 東京の人が来ると、「串揚げ」といって注文する。タイ人はキョトン???なぜなら「串揚げ」はメニューになく、聞いたことのない言葉だからだ。 「串カツ」と「串揚げ」の違いを調べてみた。 我々関西の人間は、串カツであり、どうも関東の人間は串揚げであるようだ。昔、大学の近所にも屋台の串カツがあり、その店は2種類、豚肉と犬だった。豚30円、犬が20円だったと記憶する。同級生の本多という奴が、大阪の西成から通っていた。当時、彼が「西成の屋台では、3種類り、「ワンニャンチュー」だ。ワンが20円、ニャンが10円、チューが5円だ」と話していたのを思い出す。当時から、新世界あたりでも串カツがすでにあったが、すべて肉類であった。したがって、串カツというのは、大阪で生まれた串刺しの肉類のフライを指すものだったようだ。 調べてみると、様々な意見がある。 1、単に、大阪では串カツ、東京では串揚げ 2、串カツは単品注文で、串揚げはおまかせ 3、材料も単品で、ウスターソースのみで食べさせるのが串カツ、巻いたり混ぜたり素材加工をして色んな味付けで食べるのが串揚げ 4、串揚げは、フライだけでなく串刺しのてんぷらも含めた総称で、串カツはその中の一部 5、庶民的なのが串カツ、上等な店で食べるのが串揚げ どちらにしても、シラチャの屋台は、「串カツ」である。単品注文し、素材も単品で、ソースだけで食べさせ、店は最も庶民的なのだから。肉類だけでなく野菜もあるけど、特にうまいのは豚バラとささみだ。 1本20バーツだから、是非ご賞味あれ!!

「おでん」という言葉

屋台に来るお客さんがよく尋ねる。「関東風ですか関西風ですか?」 元々、関西には「おでん」は、なかったんだと思う。語源は味噌田楽の田(でん)なのだから、濃い味の関東生まれのものであったように思う。その具を、大阪風の薄口出しで煮ることが始まったのか。 子供の頃は、うちの親も「関東だき」と呼んでいた。今でも母親は関東だきと呼ぶ。「おでん」という言葉を初めて知ったのは赤塚富士夫の「おそ松くん」だ。上から三角、丸、四角の串に刺さった食べ物がはじめての「おでん」であった。それ以来、こんにゃくは三角に切る。料理の中で具材を三角に切るものは極めて少ないように思う。 東京の人に、「ちくわぶある?」とか「はんぺんある?」とよく質問される。「ちくわぶ」は、今まで一度しか食べたことがないが、私にとっては全く旨くないものである。はんぺんは、嵩が増えるし、長く煮るとふにゃふにゃになるので好きではない。申し訳ないが、原価の関係もあるが、あくまでも大阪風というか私風の具材である。 また、今回初めてわかったが、タイ人にとって「おでん」は、丸い練り物、いわゆるルクチンプラーの類を意味する言葉と思っている人が多い。これは、紀文さんが古くからおでんの具と称して練り物のセットをデパートで販売しているからかもわからない。また響きが似ているせいか、「おでん」と「うどん」と理解している人もいる。最近よく出るオリジナルメニュー「おでんうどん」にいたっては、それ何?状態だ。 次回は、写真付きで、メニューの紹介をしたいと思う、頑張ります。

タイ語の「天気が良い」

1月半ばから、乾季だというのに雨が多い。永くタイにいるが、こんな経験はない。乾季の11月から4月までは、雨は降らないものだ。昨日も、3時過ぎから大雨が降った。世界中どこもかしこも異常気象か?? 「天気が良い」というタイ語は「アカー・ディー」と訳される。しかし、かなり意味の違う言葉である。日本では、天気は晴れ、曇り、雨という3つの分類で、晴れ=天気がいいと言うことになる。曇りだと「天気はあまりよくない」のである。 タイ語の「アカー」という言葉は、元々「空気」「空」という意味である。「アカーディー」というと、「雲が出て、空気は乾燥し、風が吹いて気持ちの良い天気」それがタイ語の「天気がいい」である。 大きく分けて、4つの表現がある「アカー・ディー」、「アカー・マイディー」、「アカー・ローン」、「アカー・ナーオ」。直訳すると「天気がいい」「天気が悪い」「天気が暑い」「天気が寒い」となる。 したがって、日本で言う雲ひとつない晴れの太陽ぎらぎらの日は、「アカー・ローン」なのである。うす曇で雨が降らない日は、「アカーディー」である。 ついでに、雨の表現は、スコールのような大雨「フォン・トック・ナック(重い)」とか「フォン・トック・レーン(強い)」という。雨がポツポツ降っているのは「フォン・トック・ポイポイ」という。 風に関しては、「ロムレーン」(風が強い)、「ロムサバーイ」(風が心地よい)、ゴルフ場でよく使う「トアロム」(向かい風)、「タムロム」(追い風)という具合だ。 まあそんなことで、日本語の天気は、客観的な空模様を表現するが、タイ語の天気は、主観的に人間がどう感じるかを表現しているのだ。

タイ語の「刺す」

久しぶりにタイ語の話だ。 日本語の「刺す」「刺される」という言葉がある。日本語では細い尖ったもので突き刺すことは全部「刺す」「刺される」という。 しかし、タイ語は面白い。「蚊が刺す」は、ユン・ガッ、「蜂が刺す」は、プン・トイ、焼き鳥の串は、シアップ、ナイフで刺されるときは、トゥーク・テーン、棘が刺さるは、ナーム・タム、もうひとつ、針で軽く刺す場合は、ティムという。 直訳すると、「蚊が咬む」、「蜂が殴る」「焼き鳥の串を差し込む」などになるが、状態は、「刺す」だ。 「棘が刺さる」場合のタムは、ソムタムのタムだから、スリコギで刺すのだろうか。 日本語でも、「蚊に咬まれた」という表現もあるから、これは許せるとしても、「蜂に殴られた」は少し強烈だ。おそらく、刺された後に大きく腫れ上がるため、そういう表現になった思う。焼き鳥の串の場合は、肉をつかんで丁寧に刺して行く様が、プラグをコンセントに差し込むのと同じ表現になるのだと思う。言葉は面白い。

地震と津波

昨日からテレビは日本の恐ろしい現状を伝えている。驚いて母親と家内に電話したが、大阪の実家は何もなく、家内の実家のある串本も津波の影響はまだないようで安心した。 1995年の阪神大震災のときもバンコクに駐在していたのだが、当時はインターネットも普及しておらず、テレビの日本放送すらなかったので、日本で起こっていることが数日間よくわからなかった。大阪泉南の家に電話した時、大阪湾を隔てて、神戸の火災の日が2階の窓から見えていると聞いたときは驚いたものだ。 今は、日本のニュースがタイムリーに見られるので起こっている事が手に取るようにわかる。 2004年にタイでも南部で大津波を経験し、「TSUNAMI」という言葉はタイ語にもなっているので、皆心配してくれている。福島から長期出張に来ているお客さんが、実家と連絡が取れないということで急遽明日帰国することになった。何もなければよいのだがと思う。 タイ政府も500万Bの援助金を決めたということだが、ありがたいことだと思う。一日も早く余震が収まり、復興に向かい始めることを祈るばかりだ。

タイ人の時間感覚

1989年にタイに来た時、バンコクにはBTSも地下鉄もなく、道路は大渋滞が当たり前、雨でも降ろうものなら全く動かなくなった。遅刻してくるスタッフは「ロッティット マーク。」これですべてが許されていた。 当時は時間が読めないため、仕入先や得意先とのアポイントは、午前1件、午後1件しか約束もできない状態であった。 タイ人の約束の時間の決め方は今でもそうだが、「トンチャーオ」(午前中、10時から12時までの間)「トンバーイ」(午後1時から3時くらいの間)、「バイバーイ」(午後の遅め、2時から4時くらいの間)、「トンイエン」(午後4時から6時の間) という約2時間巾の決め方をする。 日本人は、朝10時とか午後1時という風に約束することに慣れているので、妙に腹が立つ。「何時に来るんや?!」となるわけだ。 この習慣は、20数年前を引きずりながら、タイ人の生活に根付いてしまったのかも知れない。行く人も待ってる人もタイ人同士だと腹が立たないようだ。基本的に、自分もそうするから、相手がそうしても許せる「マイペンライ」の世界なのだ。

シラチャ名物?

タイ語の中でシラチャの名の付く名物が二つある。 「サパロット・シラチャー」これは、シラチャ周辺で取れるパイナップルがおいしいので有名らしい。 もうひとつは「ソース・シラチャー」 これは一般名称は「ソース・プリック」英語名は「チリソース」で、ホイトード、カイチヨ、オースワンなどと一緒に出てくる赤いケチャップ色のチリソースである。 中でも、シラチャのメーカーが作っていたソースプリックは、甘みを抑え、酸味が強く、辛さが際立っていて、特においしいようだ。今でも英語名でシラチャーチリソースと書いたものが見られるが、有名になったブランドなのか、今でも工場がシラチャにあるのかは知らない。 よく日本人が「シラチャソース」と呼ぶが、店によってはマイカオチャイなので、「ソースプリック」と言った方がいいでしょう。 シラチャのブランドが、その商品の総称化したことは結構嬉しいものだ。

タイのガードマン

昔、宇津井健主演のザ・ガードマンというテレビドラマがあった。警察ではなく、ガードマンが事件を解決していくストーリーで、かっこよさにあこがれたものだ。 タイ語でガードマンのことを「ロー・ポー・ポー」と呼ぶ。これは「クサー・クワム・ローイ」の省略で太字の頭文字をとったものである。意味は「安全性を守る人」みたいな感じだ。 俗語で「ヤーム」という言葉があるが、最近はあまり使わなくなってきた。「ヤーム」というとどうも「見張るだけ」「番してるだけ」みたいなイメージが強いようだ。「ヤーム」という言葉は、元々軍隊用語で夜の見張り当番を指す。1ヤームというと18時から21時、2ヤームは21時から24時、3ヤームは0時から3時、4ヤームは3時から6時だ。 要は、夜間の見張りを指す言葉だったようだ。 タイでは、なかなかガードマンの用をなさないのが現実だ。アパートのガード会社も私が来てから3社目だ。昼間2人、夜間3人の5人で回しているのだが、1社目は質の割りに他社より3割くらい高かったので替えた。2社目は、夜間の駐車場で客がバイクの籠に忘れた電話がなくなったというので、監視カメラの映像をチェックしたら、ロポポーが盗っていたのを発見し、替えた。私はその頃から、会社次第ではなく、来る人間次第だということを理解してきた。 どの会社も、教育もたいしてせず、人数あわせで送り込んでくるのだ。3社目に替えてからしばらくしたら、ロビーの冷蔵庫の朝食用のパンが減っていく。また監視カメラの映像を調べたら、なんとロポポーが盗っていた。次の日に首にした。 普通監視カメラは、外部侵入者などをチェックするために設置しているのだが、ガードマンをチェックするために再生するとは夢にも思わなかった。今の会社も1年近くなるが、ぼちぼち崩れてきた。最近老人ホームみたいなスタッフ構成になってきたのだ。そろそろ替え時と思い検討中だ。 5人のうち1人か2人しっかりしたのがいれば、何とか「ラクサー・クワム・プローパイ」になるのだが、なかなか「ヤーム」の域を脱しない。ちゃんとしたロポポーを雇えるのはいつの日になるだろう。

タイのインド人

タイのインド人は繊維関係や不動産などで成功者が多い。 インド人のことをタイ語で「コン・ケーク」という。今ではアラブ系の人を総称して「コン・ケーク」と呼ぶ。 元々、「ケーク」とは「訪問客」を指す。おそらく、インドから商売にくるお客様人だったのかもしれない。 以前も少し触れたが、タイ人はインド人の男性を呼ぶときに「ナイ・ハーン」と呼んでいた。ナーイはミスター、ハーンは、商店である。「商店主様」いわゆる旦那様という意味だ。 こういうことから考えると、昔はタイ人はインド人を丁重にもてなしていたのだろう。ところが今は、タイの華僑の人々が言い始めたのだとは思うが、「蛇とインド人に出会ったら、インド人を先に殺せ」といわれるくらい嫌われるのは不思議だ。 今、キャディから「ナイハーン」と呼ばれている日本人の皆さん、嫌われないように気をつけましょう。

「タン・ダーオ」というタイ語

このシラチャへ来てよく耳にする言葉に「タンダーオ」という言葉がある。 入管などで使う「外国人」という意味だ。 今まで外国というと「タンチャート」とか「タンプラテード」という言葉しか聞いた事がなかった。 シラチャでこの言葉をよく耳にするのは、市場や町の飲食店の従業員や守衛にミャンマー人やカンボジア人が多いからである。タイ人はこの近隣の国の人をタンダーオと呼ぶ。最初は密入国の人を呼ぶのかと思って辞書で調べると「外国」という意味なのである。 それでは、日本人もタンダーオなのだが、聞いてみると日本人や欧米人はタンダーオとは一般的に呼ばないという。ミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナム、マレーシア、中国はタンダーオだ言った。 すなわち、一般のタイ人は少し蔑視の意味を含めた外国人を「タンダーオ」と呼ぶようだ。 不思議な言葉である。意味はタンチャートやタンプラテードと同じ意味なのだから。 以前少し書いたが、「バッ・タンダーオ」という外国人証がある。これは県や市が発行するもので、パスポートを持たない外国人がそこで居住し働くことを認める証明書である。それを持っていれば、他の地域への移動はできないが、 その地域では居住も労働もできる不思議なカードなのだ。ならば日本人もこれをもらえばワークパーミットを申請しなくていいかというとそうではないらしい。日本人はタンダーオではないからだという。 何はともあれ、国境を越えてやってきてタイ語を覚えて、出稼ぎに来ている人たちにとっては弱者救済のよいシステムでもあると思う。

呼び方色々

タイ人が名前を使わずに人を呼ぶ場合、色々な呼び方がある。 タイ人同士で良く使われるのは、「ピー」と「ノーン」である。年上の人には「ピー」、年下には「ノーン」と呼ぶ。 ノーンは、ウェイトレスを呼ぶときにも「おねえちゃん!」と言う感じでも使われる。 日本人は、よくゴルフ場などで「ネハーン(ナイハーン)」と呼ばれる。意味は「旦那さん」みたいな意味だろうが、この言葉は、タイ人同士では使わない。昔、インド人の商人を呼ぶのに使われていたという。今では、なぜか日本人に対して主に使われるようになってきた。どうも「旦那様、ご主人様」みたいなニュアンスがあって嫌なものだ。 関西弁でいう「おばちゃん」に当たるのは、「パー」だ。女性はこれ以上年寄りでも、礼儀を持って「パー」と呼ぶ。 「ルン」という呼び名がある、これは「おじいさん」と言う意味だが、大体白髪になってると「ルン」と呼ばれるような気がする。アパートにかなり年寄りに見える守衛がいるのだが、スタッフは皆「ルン」と呼ぶが、私より3つ年下だ。 中国系タイ人にはまた違う呼び方がある。商店主や社長などのオーナーは、男の場合は「ヒヤ」と呼ぶ、その奥さんは「チェー」という。女性がオーナーの場合で結構年の場合は「ソー」と呼んだりする。これらはすべて年配になってからの呼び名だ。 私の友人の木工所に行くと、従業員は私にも「ヒヤ」と呼ぶ。呼ばれると照れくさいものだが、まだ「ネハーン」よりはいいか思う。

「ナームチャイ」という言葉

ご存知のようにタイ語は語彙が少ないため、複合語で単語を構成する言葉が多い。 特によく耳にするのは、「ナーム」(水)の複合語と「チャイ」の複合語である。 これが、なかなか旨く表現されていて面白い。 例えば、ホンナーム(水の部屋)はトイレ、ナムローン(熱い水)はお湯、ナムイエン(冷たい水)は冷水、ナムケン(硬い水)は氷、フォンナーム(水の泡)はスポンジだ。 「チャイ」はもっと多い、ディーチャイ(良い心)は嬉しい、チャイディー(心が良い)は優しい、トックチャイ(心を落とす)は驚く、クムチャイ(心をくるむ)は悩む、チャイイエン(心が冷たい)は気が長い、チャイローン(心が熱い)は気が短いとか怒りっぽい、サバイチャイは安心などなどたくさんある。 中でも私の好きな言葉に、この二つを組み合わせた「ナムチャイ」と言う言葉がある。 これは「水心」そのものである。「魚心あれば水心」なのだろう。意味は、「人情」とでも訳すのだろう。 「情け深い」はミーナムチャイ、「人でなし」はマイミーナムチャイという。 「ナムチャイ」を持って、皆に接していきたいものだ。

タイ人はあまり悩まない?

東南アジアの国々では、「問題ない」「大丈夫」という意味の言葉を頻繁に耳にする。 タイ語ではそれぞれ「マイミーパンハー」「マイペンライ」というが、打ち合わせなどしていると頻繁に出てくる。 インドネシアに行くと「ティダ・アパパ」、香港に行くと「モーマンタイ」現地ではよく耳にする。 日本人は、非常に慎重なので軽々と、大丈夫、大丈夫と頻発しない。 南の人々は、石橋は古くてもたたかずに渡るのが普通なのである。 だから、仕事の中では、タイ人に「マイミーパンハー」と言われると、きっとどこかに問題はあるなと解釈し、再度点検したり、やり方を見直してみることが大切だ。「ミーパンハー・ニッノイ」(少し問題がある)と言われた時は、我々にとっては、かなり大きな問題なので、よく聞いたほうがよい。 考え事をしていたり、心配事があったりする時、日本人は深刻な顔をする。 この「深刻な」というタイ語が存在しない。悩むクムチャイ、心配するペンホアンはあるが、「深刻な顔」の場合、ナー・スィーリアスといういきなり外来語になる。おそらく、何十年か前までは、タイ人はそんな顔をしたことがないのかもしれない。どうも日本人は喜怒哀楽を顔に出さないのがよしとされているため、そんな顔をしている時が多いようだ。 「どうしてそんな難しい顔してるの?大丈夫、大丈夫、何とかなるよ。」 そう言われて慰められる時もある。 マイミーパンハー、マイペンライで暮らせるに越したことはない。安居楽業!!で生きたいものだ。

日本の英語教育の間違い

日本では英語を中学、高校で6年間、そして大学まで入れると10年間も勉強するが、殆どの人が英語を話せないことはよく話題に上る。学校とは別に英会話を習った人だけが話せる。 元々、日本の英語教育は明治時代に外国の文化を急いで吸収する必要があり、外書を翻訳するために生まれた学問である。故に、読み書きが中心で、翻訳するための文法をしきりに教えるのである。それが頭に染み付き、それが邪魔をして私なんぞは未だに英語は話せない。 その国で生まれた子供は文法など習わなくても話せるようになる。日本人でもそうだが文法は習ってないが、皆日本語を流暢に話すことができるのである。 タイに住んで13年、何不自由なくタイ語を話しているが、タイに来る前に日本で45分の授業を20レッスン受けただけで、後は見よう見まねで話せるようになっただけである。よく、他の日本人に「タイ語でどういうのか」聞かれることがあるが、殆どの人が、主語がどこで、目的語がどこで、形容詞は後ろからかかるんですねみたいなことを言う。やはり、頭の中に今でも残る英語の文法という方程式に置き換えて覚えようとしているのがわかる。思うに、それをやっている限りは絶対に上達しない。いつも方程式があってるかどうかを事前に考えてしまうので言葉になって出てこないのだ。言いたいことを言ってみる、通じなければもう一回言ってみる、相手が理解すれば言い方を修正してくれる、こう言うのかと覚え次からはそれを使う、の繰り返しが大切だ。 タイ語という新しい言葉を覚え始める時、これが文法と決別するとてもいい機会なのだ。赤ん坊になったつもりで、生きていくのに必要な言葉から覚えていくと、1年いたら1歳児のタイ語、2年いたら2歳児のタイ語、3年いたら3歳児のタイ語、そうなれば殆ど話せるようになる。 余談だが、明治時代に欧米から様々な学問が入ってきた。それを必死で翻訳したわけだが、そもそも日本になかった学問はその名前を日本語でつける必要があった。「会計学」は、英語の「Calculate」を、簿記は「Book keeping」を発音に近い漢字に置き換えただけというのをご存知だろうか?

タイ語の中の外来語

アジアの言語は、語彙数が多くない、一番少ないのはインドネシア語で6000語ほどである。タイ語もおそらく1万から2万語くらいであろう。その中には、外来語も含まれる。中でも仏教と一緒に入ってきたサンスクリット語やパーリー語由来のものが面白い。僧の托鉢はタイ語で「タクバーツ」という、これは日本語の托鉢(たくはつ)と同じ語源と思われる。地獄のことをタイ語でナロックという、これも奈落(ならく)と同じ語源である。タイの坊さんのお経の最初は「ナーモ」で始まる。これは南無と同じらしい。 近くに、パンヤリゾートというクリスタルベイのゴルフ場がある場所があるのだが、「パンヤ」というのは知恵という意味だ。これもパーリー語の「パンニャー」(知恵)が語源だ。日本語では「般若」(はんにゃ)である。 食事は「アハーン」これはパーリー語の「アーハーラ」、命は「シヴィット」これは「ジーヴィタ」、言葉は「パーサー」これは「パーサーティ」、農業は「カセート」これは耕すという意味の「カサーティ」のように、おそらく生活や人生に関わるような言葉は、パーリー語語源なのかもしれない。神様のことを「テーワダー」というがこれも小乗仏教を指す「テーラワーダ」からきてるのではとか色々考える。 パーリー語の「テーラ」は長老という意味でテーラワーダは「長老の教え」という意味だ。「人」のことは「ナラ」という。 ということは、日本語の寺は「テーラ」で奈良は「ナラ」かなと思ってしまう。どこにも書いてないが、多分そうかも?