タイ語の「きゅうり」

日本語で西瓜と書いてスイカと読む。これは北京語の西瓜(スィークワ)がなまったもので漢字はそのまま残っている。中国語で瓜と書いてクワと発音するから、日本語のマクワウリは広東語のメロンをさす蜜瓜(マクワ)が語源だから、ウリが2回あることになる。 きゅうりは、北京語で黄瓜(ファンクワ)であるのを見ると、日本人が音読みで黄色い瓜、キウリと読んだのかもしれない。 タイ語を見てみるとキュウリは、テンクワー、茄子はマクワ。これらにも中国語の瓜(クワ)がつく、北京語ではきゅうりのことを黄瓜と書くが、広東語では青瓜(チェンクワ)である。おそらくチェンクワがなまってテンクワーになったのかも。トマトにいたっては、マクアテー、テーは外国のと言う意味だから舶来茄子と言う意味だろうか。 近年になって、タイに入ってきた野菜は、あえて新たなタイ語を作ろうとせず、「西洋の」と言う意味の「ファラン」をつけた造語になっているものが見られる。 ノーマイファラン(西洋竹の子)、マンファラン(西洋芋)、プリックファラン(西洋唐辛子)、これらは、因みに、アスパラガス、ジャガイモ、ピーマンである。 結局、野菜の畑での栽培は、殆ど中国から渡ってきたものなのだろうか? そんなことを考えていたら、ふと「紅染め」の話を思い出した。 京都のある草木染の染色家から聞いた話だが、古来日本には染色といえば、「藍染(あいぞめ)」しかなかった。そのうち染色材料を指して「藍」と呼ぶようになった。何世紀か忘れたが中国の「呉」の国から、紅花染めがもたらされた。そのとき、呉(訓読みでクレ)から来た紅花なので、「呉藍」(クレアイ)と呼んだ。それが、「紅」の一字で「くれない」と読む語源だと。

タイ語の「頑張ります」

タイ語と日本語では、ニュアンスの違う言葉がある。 タイ語で「努力する」は「パヤヤーム」というが、かなりニュアンスの異なる意味を持っている。 例えば、「今日中にこの仕事は終わるか?」と聞かれた日本人が、「今日中に終わるよう努力します」と答えた場合、「努力して今日中に終わらせます」という意味であると解釈する。 しかし、タイ人の場合「パヤヤーム・ハイセッ・ワンニー」(今日中に終わるよう努力します)と言った場合、「努力はしますが、今日中には絶対終わりません」という意味をもっている。 これを、日本語と同じ意味だと受け取って、次の日に、「できると言ったじゃないか!」と憤慨する。 この言葉にだまされないように、心得ておくと仕事はとてもやり易くなる。 「パヤヤーム・カップ」と聞いたときは、「ああ、できないんだなあ、明日から人を増やそう」とか、「納期を遅らせてもらうよう事前に連絡しておこう」とか、何らかの対策がとれるものです。 何かのご参考になれば・・・・・。

タイ語の「できない」

タイに住んでタイ語で会話するうちに辞書ではわからないようなニュアンスがわかってきて、タイ人の性格がよく現れているなあと思うことがある。そのひとつに「できる」「できない」がある。 一般的に、できる、できないは「ダーイ」「マイダーイ」であるが、それは可能か、不可能かと言う意味である。日本語は、非常にあいまいに2種類の「できる」「できない」を混同して使っている。例えば、「石は食べることはできない」と「私は刺身を食べることができない」である。前者は、不可能なことであるが、後者は、可能なことである。 タイ語では、「マイダーイ」(できない)ともうひとつ「マイペン」(できない)という言葉を使い分けている。 ゆえに、石は「キン・マイダーイ」で、刺身は「キン・マイペン」という。この「マイペン」という言葉、結構深い意味があり、「過去にしたことがないからできません」という意味なのだ。だから、刺身は、食べたことがないから食べられませんという意味になる。 よく聞いていると、この「マイペン」、頻繁に出てくる。カップロット・マイペン(車の運転はできません)、ワイナーム・マイペン(泳げません)、レンギター・マイペン(ギターは弾けません)などなど。 一般的に、タイ人気質としては、初めてのことにチャレンジすることを怖がる。始めるのには勇気と思い切りが必要なようだ。新しくオープンした店に一人では入らない、誰かに誘われて始めて入る。だから、いろんなことを積極的に誘ってあげ、教えてあげ、あるときは無理にでも「食べてみな!」「やってみな!」と勧めてあげることが大切だと思う。 因みに、日本の高級魚「キンメダイ」は、とてもおいしい高い魚だと教えてあげるとびっくりする、名前は「キンメダイ」だが「キンダーイ」で「アロイマーク」だからだ。

赤ちゃんの最初のタイ語

日本人もタイ人も生まれた時は、誰も言葉を話せません。言語の発達の過程は、どこの国でも同じだそうで、赤ん坊は言語学で言う破裂音(口を閉じた状態から発する音)パ行、マ行、バ行で始まる音から発するそうだ。 世界各国で使われる「パパ」「ママ」は、最初に発音し易い音でできている。 日本語の「マンマ」や「パッパ」も赤ん坊がすぐ覚えて言える発音なのである。車はプップー汽車はポッポ、だからジージよりバーバになつくのかも知れない。 そう考えて、タイ語を見ると、父は「ポー」母は「メー」なのである。パパママと同じ、PとMで始まるのが面白い。 メー以外のおばさんは「パー」兄姉は「ピー」父方のおじいちゃんは「プー」、犬は「マー」猫は「メオ」。 身近なものは、赤ん坊が呼びやすい名前になってると思いませんか?

日本語の親族の呼び方は不思議!!

日本語は外国人が勉強するのがとても難しい言語です。 英語などは、Wifeと辞書で引くと「妻」と出てくる、だからMy wife, Your wife, His wife 妻はひとつなのに、日本語は、私の妻、あなたの奥さん、彼の奥さんであり、あなたの妻とは呼ばない。 親族の呼び方などは、外国人には理解されないものである。 日本の家族は、「その家で一番最後に生まれた人間が呼ぶ呼び方で全員を呼び合う」という法則があるらしい。 どういうことかというと、例えば、夫婦が結婚すると子供が生まれるまではお互いを名前で呼んだりするが、子供ができた次の日から、お互いを「お父さん」「お母さん」と呼び合う。また、子供が大きくなり結婚して孫ができるとお互いを「おじいさん」「おばあさん」と呼び合う。 東京の山手線に乗っていたある外国人が、奇妙な光景を目にした。 満席の電車に、おばあさんとその娘とその孫が3人で乗ってきた。席がなかったので立っていたが、次の駅で、席がひとつ開いた。そこで、おばあさんが、娘に言った「お母さん、席がひとつ空いたよ!○○ちゃんを座らせたら?」 おばあさんは、自分の娘を「お母さん」と呼び、娘は自分のお母さんを「おばあちゃん」と呼ぶのです。 この法則、面白いと思いませんか?

土曜日の朝のタイ語考

テレビでは、日本の渋滞状況がニュースになっている。日本はお盆休みの真っ只中で、一時帰国されてるお客さんもいるが、今朝も、何事もないかのようにたくさんの方が、仕事に出ました。今朝の朝食ブッフェには初めてカレーが登場!。皆さん朝カレーを喜んで食べてました。私も最後に味見しましたが、うまいものです。 今朝は、アジア言語の不思議な習慣のついて。 タイ語を覚え始めた頃は、英語と同じように1人称と2人称を、すべてつけて話していましたが、日常会話では、殆ど省略します。例えば、「ボーク レーオ 」「ハイ レーオ」、これは、「ポム ボーク クン レーオ」「ポム ハイ クン レーオ」で「私はあなたに言ったでしょう」「私はあなたに渡しましたよ」と言う意味です。 そういえば、日本語も、「(私は)(あなたに)言うたやん」「(私は)(あなたに)渡したよ」省略してしまうのは同じなのです。でも英語をはじめヨーロッパ言語は、基本的に、1人称、2人称は省略しないのです。英語でも、「I told you」なのです。 これは、古代からの農耕民族と狩猟民族の違いだそうです。農耕民族の言語は、1人称、2人称を省略する傾向にあり、狩猟民族の言語は省略しないのです。 ひとつの土地に住み着き村を形成し、仲良く皆で暮らす農耕民族の村の中の会話では、いちいち言わなくてもわかるので省略されていき、家族だけが生活の単位で移動する狩猟民族は、家族以外は他人であるため、私、あなたが省略されずに表現するのです。 ニューヨークのビルのトイレに鍵を持っていかなければ入れないとか、以前あった、ハロウィンの射殺事件とか、日本では考えられえない事象が、理解できると思いませんか? そういう意味でも、日本人にとって、同じ農耕民族のタイは暮らしやすいのだと思います。 「昨日(私があなたから)もらった酒、(私の)家で(私たちの)友達呼んで飲もうか?」 英語だと長い文章になると思いません?