パーイのウォーキングストリート

この小さな町は、日が暮れると「ウォーキング・ストリート」ができる。商店の並ぶ通りに、屋台がたくさん出て、みやげ物、衣料品店、雑貨屋、ビヤバーなどが軒を連ねる。Tシャツ1枚が100B、どの店で値段を聞いても妙に安いし、どの店もおしゃれにデザインされていて、肌寒い中、多くの外国人とタイ人観光客が歩いている。
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この兄ちゃんは、裸で立って、体に好きな落書きをさせて、チップを稼いでいる(笑)
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Thai-German Restaurantと書いた店で夕食を取ることにした、ビールには豚足だ!
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6日の夜は、このまま宿に戻って休んだ。

タイのスイス「Paiパーイ」に着いた!

メーホンソン県パーイ村に着いた。チェンマイを出てヘアピンカーブ連続の山道120㌔を、3時間かけてやってきた。ハンドル切りっぱなしでかなり疲れた。
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途中メモリアルブリッジという名所があり、車を止めた。
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橋の下を見ると、なぜか筏の上で、キャプテンジャックパロウ?が撮影中??
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色んな奴がいる、川でバイクを洗っている!
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このパーイという町、海抜550mにあり、タイのスイスと言われるらしいが、不思議な町である。こんな山中に、こんな観光客が多いおしゃれな町があることが不思議だ。外国人はほとんど白人のバックパッカーと韓国人、香港人らしき人たち、またタイ人の観光客も多い。日本人は今回まったく会わない。以前は、バックパッカーがドラッグが手に入り易い場所として栄えてきたようだ。おしゃれな町と大自然が共存する、長逗留したくなる町だ。
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こんな風景の中に、おしゃれなコーヒーショップがたくさん立っている。
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宿は、バーンタワンを2泊予約していたが、ウェブと違わず、いい雰囲気の宿であった。
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部屋は2階のコテッジだ。
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荷物を置いて、早速、近くの名所を巡ってみた。 象の訓練所、の近くに温泉があるというので、旅の疲れを取りに温泉に行ってみた。大自然の中の川湯温泉といったところだろうか?36度と書いてあったが、40度くらいはありちょうどよかった。
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その近くに、パーイキャニオンという渓谷があったので寄ってみたが、足が震えて先には行けなかった。写真ではわかりにくいが、左右が100m以上の切り立った崖だ。それが、屏風のように立っている。
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疲れたので、続きはまた明日。

タークからチェンマイへ

昨日5日は、朝8時半にタークのヴィエンターク・リバーサイド・ホテルを出発し、チェンマイに向かった。チェンマイまでは、約250キロの距離だが、山越えとなる。緩やかなカーブが続く山を超え、昼過ぎにはチェンマイに入った。そのまま、昼食もとらずにドイステープに上った。昔2度上ったことがあるが、自分で運転して上るのは初めてだった。思ったより急カーブの続く道を上った。眼下にチェンマイの町がきれいに見えるはずだったが、ガスがかかり、はっきりとは見えなかった。
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宿は、チェンマイオーキッドホテル。ここは、昔は由緒ある、高級ホテルだったところだ。内装にはふんだんにチーク材が使われていて、懐かしい感じがするホテルだ。1階のエレベーターホールには、天皇皇后両陛下やダイアナ妃、などが訪れた時の写真がそれを物語っていた。
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日曜日だったので夜は、サンデーウォーキングストリートに出かけたが、人の多さに驚いた。さすがに正月明けにもかかわらず観光客でごった返していた。
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通りの真ん中で、一列に並んだ盲目のバンドが、目を引いた。
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やっとの思いで順番を待ちおかゆ屋で夕食にありつき、二日目を終えた。明日はいよいよ「パーイ」に入る!

TAK(ターク)まで来ました。

今朝6時にシラチャを出発し、1号線をタークまで548キロ走りました。 タークはまだ寒くありません。この町は、チョンブリ王朝を開いたといわれるタクシン王のゆかりの地です。タクシン廟があり、愛されています。
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ターク市内は古い町並みの残り懐かしい感じがします。100年以上前のチークの家や、商店街の中にも普通にチークの家なみが残ってるんです。現在では考えられない100%チークです。
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この町のトゥクトゥクはこれだ!
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ホテルの前はピン川が流れ、夕日がピン川に沈む。
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レストランはほとんどなく、怪しいマッサージ屋のおばさんに教えてもらって行った飯屋、下手なバンドが入って、注文したガパオは辛くて食えなかった!
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明日は朝からチェンマイに向けて走る!!おやすみ!

「スワンノンヌット」

シラチャに5年すんでいるが、観光客が訪れる観光施設にはあまり行かない。スワンノンヌットもそのひとつだった。 10年前に日本語教師養成学校に1年通ったときのクラスメートが友人と共に、26日からシラチャに遊びに来た。3泊の短い旅行だったが、土曜日にスワンノンヌットまで連れて行った。広大な公園の敷地にバンコクの西にあるローズガーデンとほとんど同じも催しが用意されている。入場料は、タイ人250B、外国人500Bだ。私は250Bで入った。 劇場では、タイの文化を紹介するショーが1日数回行なわれている。
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それが終わると象のショーがあるグランドに移動する。ここの象色んなことをやる。自転車はこぐし、サッカー、バスケット、ボーリング、ダートまでやる。ショーの合間には、お客さんを乗せたりのサービスもある。
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公園の中を象に乗って回れたりする。これは別途一人400B、少し高い気もするが、日本ではできないのでいい経験だと思う。
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半日十分に楽しめるアトラクションで入場料は高くない気がした。パタヤから、南にジョムティエンを過ぎてバーンサレー辺りまで走った左側、シラチャから1時間かかりました。

バーンサレーの砂浜

パタヤ、ジョムティエンより南にバーンサレーという町がある。船釣りに出る港のある漁村だが、その港の北側に長い砂浜が広がる。ここまで来ると白人の数もかなり減る。一角には、シーフードのレストランが並び、砂浜にゴザを引いてテーブルを出す。何を食べてもたいしてうまくはないが、久しぶりに「砂浜ご飯」を楽しんだ。
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黒いラブラドールの雑種だろうか、大型犬がうろうろと餌を求めて歩いていた。名前を聞いたら「マグナム」というらしい。本人が答えたわけではない、ゴザを運んでる兄ちゃんに聞いた。あまり旨くなかった料理をあげたら、うちのゴザに座り込んでしまった。ちゃんと躾けられていて、お座り、お手、までやってのける。
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タイ人の家族ばかりが遊びに来るビーチのようだ。ここでも水着で海に入っている人は一人もいなかった(泣) パタヤの人ごみを避けて、この辺まで来てみてはいかがだろう???

久しぶりに寺参り・・・ワット・ヤーン

10月24日に100歳で亡くなったソムデ・プラ・ヤンナサンウォン法王は、パタヤの南にあるワットヤーンの住職であった。ワット・ヤーンは、カオ・チーチャン(岩山に仏像が描かれている)のすぐ近くにあり、最近では観光客も来るお寺である。 敷地は広く公園のように整備されており、見上げるようなチェディもあるのだが、本堂は、以外に質素で小さな建物だ。
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本尊の左には、法王の写真が飾られていた。本堂の周りには、喪中の行事の参列者用の席がたくさん用意されていた。
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最近、中国人のツアーをよく見かける。お寺の駐車場には中国人のツアーバスがずらりと並ぶ。
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中国人のパタヤツアーには、入場料も只のため、コースに入れるのだろう。しかし、派手な格好で、あちこちで記念撮影する姿と、あの喧しさにはついていけない。お寺までは来てほしくないと思う。
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「ロンクルア」という巨大市場

シラチャから230キロあまり、サケーオ県のアランヤプラテードというカンボジア国境の町がある。陸の国境がない日本で育った私にとって、国境の町というのはとてもロマンのある場所である。この国境のそばに「ロンクルア」という巨大な市場があると以前から聞いていたので、3連休を利用して走ってみた。 日曜日のお昼に出て、シラチャから331号、304号、359号に入り、サケーオを目指した。途中腹が減ったので、359号線沿いの店で昼飯にした。食べてるときは、そんなに汚く感じなかったが、不思議なもので写真に撮るとえらい汚いヾ(^▽^笑)ノ
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腹ごしらえも終わり、アランヤプラテードには、シラチャを出て4時間ほどで到着した。走行した時間は3時間くらいだろう。まずは国境の駐車場に車を入れて、あらかじめ予約してあったホテルにチェックインした。国境まで歩いて1分の場所にある「@Boarder Hotel」、オープンして半年という簡素だが新しいホテルだった。1泊680バーツは安い。
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ホテルのすぐ横が、ロンクルアの入り口だった。すでに6時前だったので、店は片付け始めていた。
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せっかく苦労して確保した駐車場だったため、晩御飯を食べに町に出ている間に、戻ってみると駐車スペースがないというのも不安だったので、歩いて食事を済ませると決めた。ところが、日が暮れると真っ暗になり、レセプションで教えてくれたタイ飯屋が1軒しか空いていなかった。歩いて300m、犬に追いかけられながら、命がけの夕食となってしまった(ノω=;)。。。 朝の国境は、市場で働くカンボジア人、アンコールワットを目指すタイ人や白人の観光客の往来で賑わっていた。
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朝10時前に、愈々ロンクルアへ入った。見渡す限り市場で、レンタルバイクやゴルフ場のカートのレンタルまである。カートを3時間借りることにした、360B。
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おそらく日本流に言えば、甲子園球場が何個入るとかいう広さだ。
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衣料品、バッグ、靴、時計などおそらく中国製のものがカンボジア経由で入って来ているのだろう。残念なのは、同じような商品を売っている店が五萬とあり、そのすべてが、安物、偽物、中古品なのだ。いいものを安くという発想はここにはない。ナイトマーケットなどで売られている商品はきっとここから仕入れてるのかなと思う。 チャトチャックのような全体の地図もないので、走り回っているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなる。連休ということもあり、買い物客は非常に多いが、食事をするところが少ない。飯屋はどこも満席で、カートを返したあと、一軒の飯屋に入った。料理は、紹介するほどのものではなかった。
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食事を終え、午後2時過ぎに、ロンクルアに別れを告げ、チャンタブリに向かって走った。

水牛アイスクリーム

昨日は、無事に屋台をオープンできました。心配して来ていただいた皆様ありがとうございました。 屋台の事故で、記事にするのが遅れたが、「水牛アイスクリーム」の言う店を紹介したい。 今では、タイでも「水牛」(クワーイ)は、田舎に行かないと殆ど見る機会がない。ところが近くに水牛が群れをなして草を食んでいる場所がある。
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道端のアイスクリームやである。白黒の2頭の水牛のオブジェが目印だ。客は、アイスクリームを20バーツで買い、裏の席で水牛を見ながら食べるという「水牛アイスクリーム」だ。慣れているので近くにも寄ってくる。
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近くで見ると可愛い顔をしている。
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裏の席はこんな感じで、アイスクリームを食べている。
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場所は、スクムヴィットのクリスタルベイの先の信号をノンモン・バイパスに入り、信号を一つ越えしばらく走ると右側に見えてくる。ちょうど、華僑の墓地の隣である。バンセーンのほうからノンモンバイパスに入るとすぐである。 休日には、カップルや家族連れで賑わっている。20Bで触れ合えるタイの自然である。

おっさん3人の日曜日「ミモザ」

日曜日パタヤへ出かけた。ちょうど暇にしてたアパートのKさんSさんも一緒に出かけた。本来の目的は、パタヤに最近できた「Art in Paradise」に行くことであった。さすが日曜日のパタヤは車も人も多く、「Art in Paradise」に着いたものの来館者の長蛇の列を見て、今回はあきらめた。 もう一箇所、最近評判の「ミモザ」に行くことに急遽切り替えた。パタヤタイからさらにミナミに行き水上マーケットも通り過ぎ、アンバサダーの真向かいに「ミモザ」はあった。 入場料一人50B、駐車場も広く混んでいてもサバーイである。場内はカラフルな遊園地のような建物に、土産物や可愛いグッズのショップが入っている。価格もリーゾナブルである。
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日本の郵便局の配達用の自転車がディスプレイに使われていた。よく見ると兵庫県の防犯ステッカーが・・・・・。
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一角では、レゲエ兄ちゃんの似顔絵描きがいて、注文で描いている。カラーは500バーツ、鉛筆は300バーツというから、安い。しかし、順番待ちなので、平日がいいだろう。待ってる客が、まだかかるかと聞くと、この兄ちゃん、急いだらいい絵は描けない!とぴしゃり!!
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夕方6時半から、噴水の周りのステージでおかまショーがあった。
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ショーが終わったら、7時半だった。いやあ、入場料50バーツでこれだけ遊べたら値打ちがある。アルカザールやティファニーに行かなくても済む。日本からのお客さんや、家族を案内する新たな施設ができた。 不安は一つ、雨期になったらショーはどうなるの?????

「ドーン・ホイローッ」

バンコクからペッカセーム通り(国道4号線)で西に走り、サムットソンクラームの海岸にドーンホイローッというところがある。
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ホイは貝、ローッはストローでホイローッとは、ストローのような貝、すなわち細長い「マテ貝」を言う。ドーンホイローッは、マテ貝の干潟という意味である。干潮時に干潟になる砂浜で、盛んにマテ貝漁が行なわれるのである。
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海岸線には、たくさんの市場やレストランが立ち並び、マテ貝だけでなく、様々なシーフードが食せるタイ人の一大観光地である。 友人のA野さんと待ち合わせし、彼のお薦めの1軒に入った。
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この日は、ドーンホイロー通のA野さんのお薦めメニューでお任せした。まずはマテ貝のてんぷら
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新鮮な生ガキ、シラチャで食べる生ガキに比べると小振りで、これはこれで旨い
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これは、ムール貝のオースワン風なのだが、スープ感覚でいただけるしろもの
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最後にスズキのから揚げ。これをA野氏お薦めの白くて辛いタレで食べる
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すべてが新鮮で、シラチャとは違うシーフードを美味しくいただけた。 ただ、難を言えば、オーナーの子供が、ウロウロしないようにフリチンで桟敷のさくに紐でくくられているのだが、いきなり立ち上がって「ジョーッ」。あららと思っていたら、近くのほうきを持って掃き始めた(ノω=;)。。。
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自分の居場所が濡れたら寝転べないからだろう、たいした知恵である。

タイの温泉

ソンクラン休みの13日、温泉まで行って来た。タイには、いくつかの温泉があるが、ここ「ノンヤポン」は、かなりマイナーだが、この辺からだと一番近い。 シラチャから約250キロ西にある。バンコクから、国道4号線(ペッカセーム)を約100キロのところに「カオヨーイ」という岩山が左に見える。その向いを、サワンリゾートGCの右折(実際は交差点が閉じられているため、先まで行ってUターン)サワンリゾートの入り口の前を過ぎ、約40キロだ。もともと、7年前にサワンリゾートのキャディから、この奥に温泉があると教えてもらったところだ。タイ語で「ノンヤポン・ナーム・プッ・ローン」という。 これが、源泉だ。透き通ったお湯がエメラルド色に見える。
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ソンクラーン中ということもあり、タイ人の観光客も多くいた。源泉のすぐ横では足湯に浸かる家族も数組。
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源泉から、300mくらい下に、温泉施設がある。一人用のバスルームの部屋が並んだ建物と、5m四方の山小屋風建物が2軒。5m四方の小屋の中には、直径3mのプールがあり、1時間150Bで借りられる。お湯は、前の客が出ると全部抜き、掃除をして、新たにお湯を張る。源泉かけ流しの極みである。温度もちょうど42~3度で、水で薄める必要は全くない。難を言えば、部屋内に水道がないので、暑くなったら、外で涼むしかないことだ。
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貸切なので、スッポンポンで入れる。
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またここには、マッサージ小屋も併設している。一風呂入った後は、マッサージ。町のマッサージ屋と違い、クーラーもないので寒くないヾ(^▽^笑)ノ 今回は、この盲目のお兄ちゃんにお願いした。
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マッサージを終えると、外は真っ暗。ヘッドライトを消すと、闇の世界になる山道を、宿を取ったサワンリゾートまで戻った。 興味のある方はお問い合わせ下さい。

ピマーイ遺跡

ビエンチャンの帰り道、コラートを通ったついでにピマーイに寄ってみた。ピマーイ遺跡は、タイ国内にも数箇所あるクメール遺跡の一つで、11世紀~12世紀に作られたものだ。
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2年前に訪れたブリラムのパノムルン遺跡は、小高い山の上に建築された宮殿だが、このピマーイは、平地の町の中にあり、タイ人観光客も多く訪れていた。規模は、パノムルンより大きいだろうか?
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どこも、アンコールワットと同じ時代に建てられたとみられている。普通クメール遺跡は東向きに参道、門があるのだが、このピマーイだけは、南向きだと言う。それにしても、積まれている石には、運搬に使われたと思われる穴が数個あるのも、共通していた。
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シラチャからだと、約350キロくらいなので、機会があれば見る価値ありだ。

初めてのラオス2

ラオスは、人口700万人という小さな国である。首都ビエンチャンでさえ、高い建物は全くなく、25年前のバンコクの郊外のような雰囲気である。
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ビエンチャンは、メコン川が東西に流れているため、川岸からは朝日も夕日も見る事ができる。これは、4日の朝日である。
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また、河原の砂には、美しい波の模様が見える。対岸に見えるのは、タイのノンカイの町。
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これを眺めている5階のレストランはこんな感じ。
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4日は半日、ビエンチャンの町を歩いてみた。走っている車は、ヒュンダイとキアが90%以上、その他はトヨタがちらちら見られる程度だ。街中にあるパワーショベルの店もヒュンダイだった。
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街中には、白人がとても多く、観光客や地元で商売しているビジネスマンだろう。日本人は殆ど見かけなかったが、さすがに韓国人が多いのには驚いた。土地を国から借受け、韓国資本が開発したゴルフ場もあった。もう一つゴルフ場の前を通ったが、それはベトナム資本だと言う。中心部は、非常にオシャレで、イタリアン、フレンチ、コーヒーショップ、日本食、韓国料理が、たくさんある。やはり、フランスの植民地だったためヨーロッパ系の人が多いのだろう。 しかし、一歩、路地を入っていくと、舗装されていない埃まみれの田舎道になる。天秤棒のおばさんが歩いていたので、何を売ってるのと聞くと、「豚肉、鶏肉、小松菜、キャベツ、人参、何でもあるよ!」とラオス語で答えてくれた。
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ビエンチャンのどの店を覗いても、テレビはタイのチャンネル、音楽はタイのCD、だから誰に話しかけても私のタイ語は理解してくれる。しかし、返って来る言葉は、ラオス語なので、ゆっくり聞かないとわかりにくい。川を隔てただけだから、文化はタイのイサーン(東北)と同じ感じがする。 お昼に地元のサラリーマンで賑わうベトナムのフォーの店があるというので行ってみた。広い店内は満席、鶏、豚、牛肉を選ぶ、普通、大盛り、ジャンボを選ぶ、それだけである。普通が170,000kip、大盛り200,000kip、ジャンボ250,000kip。付け合せのもやしと、野菜をぶち込んで一緒に食べる、普通でも十分ボリュームもあり、旨かった。
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夕方になると、メコン川の川沿いに、夜店が出始める。昼間は何もないのだが、5時前になるとどこからともなく現れテントが立ち、商品が並んでいく。
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中国資本や韓国資本が、様々な大きなプロジェクトを行なっているようで、あちこち工事中のため、非常に埃っぽい町で、車はすぐに赤土の誇りまみれになっている。しかし、この町、ゴミが落ちていない。あちこちにゴミ箱が置かれているのだが、紙くずや、ビニール袋、吸殻にいたるまで、全く落ちてないのに驚いた。 5日の朝、例のタクシー運転手に電話して橋まで送ってもらった。「ラオスの人口は少ないけど、橋の向こうにもラオス人はたくさんいるから。」と最後に言っていた。

初めてのラオス

1月2日から5日まで休みをとり、ラオス・ビエンチャンまで行ってきた。長くなるが、ブログを休んでいた5日間の報告をしたいと思う。 2日の朝7時半に車を運転して出発し、国境の町ノンカイを目指した。シラチャからだと、まず331号線に入り、それから304号線でガビンブリを目指す。ガビンブリを過ぎると、山越えの道がナコン・ラチャシマ(コラート)まで続く。 コラートから、2号線にはいり、その後は1本道コンケン、ウドンタニ、ノンカイと続く。さすがに2日の2号線は、帰省した人達の、リターンで反対車線は、渋滞していた。
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ノンカイに着いたのが、夕方6時半、11時間のドライブになった。ノンカイのタイ・ラオス友好橋(サパーン・ミッタパープ・タイラーオ)のすぐ近くのホテルを取った。Agodaの写真と地図だけで予約したのだが、ひどいホテルだった。全室5室のブティックホテル風だが、洗面台の電気はつかない、トイレットペーパーは、入ってない、テレビもない。オシャレだったが、1500Bは高い(ノω=;)。。。管理人の汚い格好をしたおっちゃんが一人。朝になると、メイドが一人出勤し、朝食の用意をしていた。朝は非常に寒く、メイドはダウンジャケットを着て、働いている。従業員は何人かとメイドに聞くと、おっちゃんと私の二人です(ノω=;)。。。と。まあサービスもこんなものかと思った。裏庭からは、橋が見えるのだけが救いだった。
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このおっちゃん、夕方着くなり、ビエンチャン観光のファイルを片手に、「こちらから車を手配した方がよい、ラオスに渡ると高い、市内観光してホテルまで、2500Bだ」と次から次にまくし立てる。相場がわからないので、アパートのノンカイ出身のテオに電話して聞いてみた。「ラオス側で、車はいくらでもある。」というので、「やはりそうか」と納得し、おっちゃんの申し出をすべて断って、朝国境に出発した。車は、橋の手前の駐車場(1泊100B)に駐車し、歩いて入管へ。 タイ側のイミグレーションを通り出国すると、すぐにバスが待っていて一人15バーツ。このバスで、ラオス側のイミグレーションまで橋を渡る。
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日本人はビザが不要なので、入国カードだけを記入し入管を通る。確かに、タクシーが、何人も声をかけてくる。その中の人のよさそうなおじさん運転手に決めた。4箇所観光し、ホテルまで送って1000Bだと言う。やはり正解だった。 ビエンチャンの観光はお決まりらしい、「タートルアン」「凱旋門」「ホープラケオ」「ワットシーサケート」のようだ。 ホープラケオとは、バンコクのワットプラケオにあるエメラルド仏が、タイに持ち去られる前に祭られていた寺らしい。従って、「プラケオ」があるわけではない。
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3時には、「センタワン・ホテル」にチェックインした。このホテルは、バンコクの友人A野さんが薦めてくれた。5階にレストランがあり、そのベランダからメコン川(メナム・コーン)の眺望がすばらしいと聞いていた。 そこから、メコン川に沈む夕日を望む。
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夕食は、ARIAというイタリアレストランでとり、この日は早めに寝ることにした。 疲れてきたので、続きは明日。乞うご期待!

奇跡の山 『カオ・キチャクー』

お正月も休みが取れなかったので、昨日1日休みをもらって、お客さんも一緒に、「カオ・キチャクー」に登ってきた。 シラチャから200キロ弱、車で3時間のチャンタブリ県の山である。1年のうち、1月中旬から3月中旬の2ヶ月しか開山しない信仰のお山である。朝5時に出発し、ふもとの駐車場に8時ちょうどに到着した。 まずはここから、山の中腹まで一人50Bの4WD車を2回乗り継ぐことにことになる。さあ出発だ。
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雨期には絶対走れない急坂を、4WDが駆け上がっていく、その辺の遊園地より迫力がある。しっかり手すりを掴んでいないと振り落とされる。もちろんお年寄りの客は、助手席に座る。
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参道口に到着し、ここから徒歩での登山となる。我々はスニーカーだが、タイ人の中には、雪駄の奴も少なくない。
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まずは、ここでタンブンしてからのスタートだ。このマイクを持ったお坊さん、よくしゃべる。「おー、日本人でしょう?先週もきたねえ、あんたどこから来た?バンコク?おーシラチャ。シラチャから日本人を連れてきてくれたんだねえ。ありがと(これ日本語)。」私はシラチャから日本人を案内してきたタイ人の友達になったようだ。 2年前に来たときより階段も一部ではあるが、補修されてきれいになっていた。
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寄進されだ釣鐘がきれいに並ぶ参道
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急坂でないところはすべてこんな感じ
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この御山は、奇岩がごろごろとある。岩と言うより、「大きな石ころ」と言った方がいい。どこから転がってきたのか、巨大な丸い石が、ごろごろとあるのだ。どう考えても、天から降ってきたとしか考えられないような場所にある。日本なら、きっと、弘法大師が山から石をちぎっては投げ・・・・・みたいな民話になるのだろう。そして、その不思議な「岩ころ」が信仰の対象になっているのだ。
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頂上には最大の不思議な岩があり、本殿も立てられている。この写真で大きさがわかるだろうか?
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しかし、ここで終わりではない。皆が目指すのは、ここからまだ奥の「パーデーン」(赤い布)という場所で、巨岩に赤い布が巻かれていて、それに願い事を書くと叶うと言う。この本殿を過ぎてからの道はずっとこんなの。
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2時間かかってようやく「パーデーン」に到着。
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帰路は、1時間あれば下山できる。自分の足で昇りたくない人、登れない人には500Bでこんなサービスもあるが、なかなか恐そう!!
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今年は、二黒土星はよくない年だと言われているので、年初のカオキチャクー参拝で少しでもいい年になりますように!!!3月中旬まで開山していますので、是非挑戦してみてください。お参りすると奇跡が起こります!!

パタヤの変な白人

パタヤと言う町、今は大都会である。ここもシラチャと同様、特殊な発展を遂げてきた町である。ベトナム戦争時代に米軍がパタヤの南のサタヒップ軍港を基点にしていた頃に、米軍兵士の保養地として発展してきた。ゆえに英語の町である。海外旅行慣れした日本人にとっては、どの店もホテルも英語が通じるので好まれる。最近では、白人対象のコンドーミニアムやアパートが、シラチャに比べて広くて安いし、また、海外生活を実感したいという日本人も多く住んでいる。シラチャは日本人町として発展してきたため、外国に住んでいる感じがしないのも確かだ。 最近のパタヤは、アメリカ人が多いわけでは決してない、逆にヨーロッパやロシア人のほうが多いのだろう。大晦日のカウントダウン(タイ語でカーウダーウ)は、今年も大盛り上がりを見せたようだ。 正月も終わり一息ついた時期なのに、行ってみるとまだ辺なのが走っていた。
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特に、何かの宣伝でもなく、黄金の衣装を身に着けて、黄金の飾り付けをした自転車に乗って走っているだけなのだろうか??後ろから見るとこれだ。
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イギリスの国旗がついていたから、英国人だろうか??颯爽とパタヤの海岸通を走る姿は、まだ祭りは終わっていないぞと言っているようだ。

サタヒップの軍艦

サタヒップは、古くから海軍基地がある場所で知られる、近くにはウタパオ空港があり、ベトナム戦争時代は米軍の基点として使われていた。日曜日に釣り船を出したときに海側から軍港を見ることができた。たくさんの軍の艦船が接岸された光景見るのははじめてであった。殆どがフリゲートと呼ばれる駆逐艦の小型のものだと思う。
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上のフリゲート艦とは反対側に、空母が停泊していた。東南アジアで唯一の空母保有国らしい。
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名前を、「911チャクリ・ナルエベッ号」という。15年くらい前にスペインの造船所で作られた軽空母である。調べて見ると、艦載機はスペインから購入した中古の「TAV-8Sマタドール」というハリヤーが6機とヘリコプター6機だそうな。 艦首部分は、スキージャンプ甲板というらしいが、上にそりあがった甲板を持つ。 やっぱり男の子は、軍艦を見るとワクワクしていいものだ。

刺青ペイントの新タイプ

以前パタヤの海岸での刺青ペイントを紹介したが、手書きではなく、スプレーペイントの店を発見した。型紙を当てて、スプレーするのだ。
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この店は、パタヤの観光名所「水上マーケット」の中にある。柄を選んで、切り抜いた型を貼り付けてスプレーする。時間的にも、手書きよりずっと早い。2週間は消えないと言うが、お風呂でゴシゴシ洗うとすぐに消える。 私はやはり、海岸で手書きで書いてもらう方が好きだが、時間のない方にはこちらの方がいいかも。遊びに来た東京の友人二人が挑戦したが、お風呂でゴシゴシ、二日で消えた。

シラチャ漁港

乾期になり、さわやかな休日の朝は、散歩がてら漁港の桟橋に行ってみるのが良い。 以前は、シーチャン島行きの連絡船もここから出ていたようだが、今は漁港のみになっている。 漁船から鯵が大量に水揚げされトラックに積み込まれていた。
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停泊している漁船では、多くの漁師が、網の補修をしているが、ほとんどが、カンボジアやミャンマー人だという。
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桟橋の半ばに、1軒飯屋がある。海からの心地よい風が吹き抜けるレストラン?だ。
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中に座ると、海側の窓から乾いた気持ちよい風が吹き、この日の昼食は「ガパオムーサップ・ラーカーオ・カイダオ」で40Bだった。この店?小屋みたいだが、以前新聞にも載ったことがあるようで、店内にはその記事が飾られていた。ひょっとすると、隠れた名店???
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この桟橋から見るコロイの景色も、真横からのもので美しい。
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王妃誕生日のバンセーン

12日は、王妃の誕生日で休日だったのだが、約束していたお客さんから電話があり、急に来れなくなったというので1日空いてしまった。時間もあったので朝のジョギングを10キロ走ってから、バイクでバンセーンまで走った。 バンセーンの海岸を走り、カオ・サンムック(サンムック山)に登った。
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この岩山には、無数の野生の猿がいて、餌をもらいに寄ってくるが日本のどこかみたいに人間を襲ったりはしない。 バイクで横を通っても飛び掛ったりしないし、止まって見てる車に乗ったりもせず、近くに座って餌を待っている。
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眼下に海岸線が、きれいに見える。
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このバンセーンには、名前の由来になっている民話がある。昔々、村の長の息子セーンが、切れた凧を追いかけて山に入り、そこで洞窟に祖母と住んでいたサンムックという美少女と出会う。二人は恋をし結婚を誓いセーンはサンムックに指輪を贈った。しかし、セーンの父親は、サンムックとの結婚に反対し、逆に裕福な家の娘との結婚を決めてしまう。その式の当日、祝福のロットナーム(合掌した手に聖水をかけてもらう儀式)を村中の人から受けていた時、目の前に、贈った指輪をはめた手があり、顔を上げるとそこにサンムックがいた。セーンは式を放り出し、逃げるサンムックを追って岩山までたどり着いた後、サンムックは海に身を投げる、それを追ってセーンも身を投げて死んでしまう。 悲しみ悔いた村の長の父親は、二人の愛を永遠にするために、村の名前をセーン村(バーン・セーン)と名づけ、岩山をサンムック山(カオ・サンムック)と名づけた。 しかし、昨日のバンセーンは、大渋滞だった。さすが連休だ。私はバイクだったので、車で行ってれば大変な目にあったと思う。
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夕方、ビール飲んで部屋で転寝してたら、花火の音で目が覚めた。べランダで目の前に上がる花火をしばらく楽しんだ。
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タトゥー・ペイント

日本では、どうも刺青=ヤクザというイメージが付きまとう。タイでもタトゥーはイメージは良くはないが、日本よりはるかに一般的に見られる。大工や左官などの職人に多く見られる。女性の場合は、大学生でもファッションとして絵柄を入れてるのを見かけるが、良家の子女はしていないものだ。パタヤを歩いている白人はよくタトゥーをしている。昔のプロレスラーみたいなスキンヘッドにタトゥーが良く似合う。 一度入れてみたいな思ったことはないだろうか?でもそんなことしたら家族に追い出されるからできないものだ。そこで、「ペイント」という方法がある。これはテンポラリーのタトゥーのペイントである。ゴシゴシ洗わなければ2週間はもつ。 パタヤの海岸をウェストバッグにクリアファイルの分厚いのを持って歩いている兄ちゃんやおねえちゃんがいる。彼らは、タトゥー屋さんである。「ペイント」も行う。 まず、描いて欲しい場所を決めて、分厚いファイルから好きな柄を選ぶと、専用塗料で描いていく。
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できた線画に色をさしていく。
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完成したらこんな感じ、これから約30分放置し乾かす。
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ちなみに私は、よく白人がしているような幾何柄を選んでみた。
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乾いて出来上がるとこんな感じ。スタッフに事務所で撮ってもらったが、警察の取調室みたいになってしまうのはなぜだろう? 皆さんも、つかの間のチョイ悪親父をしてみませんか(笑)
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コローイと江ノ島2

先日、コローイと江ノ島がよく似てるという話題を書いたが、その後湘南に住むKさんから、また「似てる情報」をもらった。如何せん私は江ノ島に行った事がないもので嬉しい情報である。 それは「観音様」と「弁天様」だ。 江ノ島には。通称「裸弁天様」という、弁才天が祀られているらしい。裸で琵琶を奏でる美しい弁天様だ。 写真撮影禁止の弁天様の写真をWEB上で探してみたらあったので拝借した。
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K氏によると、昔は下半身に割れ目もあり、なでると願い事が叶うということで皆なでていたそうだが、色んな事情で今は修正されたらしい。弁天様は、主に神社に祀られているものだが、お寺にもある。元々はヒンドゥーの神のようだ。 そして、コローイには観音様が祭られている。中国様式の祠の中に海に向かって立っている大きな観音像だ。
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観音様は、日本では観世音菩薩というくらいだから、菩薩であり釈迦の前世なのだから男だ。表現としては女性っぽく作られるが、元々は男のはずだと思う。しかし、中国の仏教では観音様は女なのだ。 タイ語では、「メー・クワンイム」と言うのだが、華僑が持ち込んだものなので、中国語読みの「クワンイン」と同じで、メー(母)が付いているから、女性である。 オカマが多いタイに来て、ニューハーフになったわけではなさそうだ。 また、K氏は、江ノ島の駅舎もコローイのお寺の雰囲気があると送ってくれた。
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確かに、不思議なことに江ノ島もコローイも竜宮城なのかも知れない。 毎日江ノ島を見て、シラチャを思い出してくれているK氏夫妻に感謝!!

スコータイのトゥクトゥク

スコータイの町にはタクシーがなかった。ピサヌロークからバスでスコータイのバスターミナルまで一人39バーツでやってきたのはよかったが、ホテルまで行くのに足がない。 待っていたのは一風変わったトゥクトゥクだった。お客が前のリヤカーみたいなのに乗り、運転手は後ろにいる。
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運転手に聞いてみた、「雨が降ったら、お客さんずぶぬれと違うか?」彼が言うには、ビニールを持っていて前にぶら下げると言う。どう考えても、前が見えない気がするが・・・・・まあいいか、今日は降ってないし!! トゥクトゥクは、地方によって個別の発達をしているようだ。 昔はシラチャも、バイクに人力車をつけたようなトゥクトゥクだったように覚えているが、今はバンコクスタイルだ。 バンコクのより小さいと言う人もいるが、比べたことがないので真相はよくわからない。
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シーチャン島へ行くとまた違うトゥクトゥクがある。これは島内の細い道、上り下りに最適なのだろう。 この3つの中では、こいつが一番格好いい。桟橋に並んでいる姿は、圧巻である。
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コロイと江ノ島

シラチャにあるコロイ(ロイ島)をお客さんに紹介するときは、いつもタイの江ノ島ですと言ってるのだが、実は行ったことがない。 友人で2月も夫婦でシラチャに遊びに来た小菅さんが、今アルバイトで江ノ島のレストランを手伝っていると言う。 たまたま写真を撮って送ってくれたので、並べて比べてみたい。 まず、日本の江ノ島
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同じアングルで撮りたかったが、駐車している車がバイクが邪魔をしてくれた。
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南側から、もう一枚
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よく似てます。こんな風光明媚なシラチャへどうぞ起こし下さい。

夏の風物詩・貝とり

ソンクランが終わり、これから5月、6月初めにかけてシラチャ近辺では潮干狩りが盛んに行われる。日本に比べると小振りのハマグリ(「こまち」などでは、アサリの味噌汁と言って出てくるが)を、大潮の干潮の砂浜で山ほど取っているのを良く見かける。 昨日は、バイクで少し足を伸ばしてラマハーバービューの南側の海岸まで走ってみた。ラマハーバービューから南に200mくらいの海岸に海辺に突き出したレストランがあるのだが、その周辺は、砂浜ではなく磯になっている。 ちょうど干潮で、海に突き出した桟橋もすべてが露出していた。
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ここでも数十人のタイ人が袋一杯何かを取っているので、何が取れるのか聞いてみた。
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中には、桟橋の真下でも収穫中の人も・・・・。
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まあ様々なものが取れる。ある人は、袋一杯のホイメンプー(ムール貝)、ある人は、袋数杯の牡蠣、中には、竿もないのに魚をたくさん入れた袋をもったタイ人もいた。中を見せてもらうと「プラーブッ・タレー」という、この辺ではコロイでもシーチャン島でも時々釣れる不気味な魚だ。姿は日本の鮟鱇(あんこう)の小さい奴、オコゼでもコチでもない。 一度煮付けにして食べたこともあるが、体のぬるぬるが塩で揉んでも揉んでも取れない。味は白身で煮つけでも旨かったのだが、どうも姿がグロテスクでいけない。 この辺の浜は、砂浜ではハマグリ、磯場ではムール貝、牡蠣だということがわかった一日だった。 一度熊手をもって参加したい風物詩だ。

北京からのお客様

前の会社の先輩でもあり大学の先輩でもあるIさんが、北京から仲間と共にタイへ遊びに来た。ソンクラン連休の最終日の昨日、バンコクから日帰りでシラチャへよってくれた。2年ぶりの再会だった、独立し中国人の仲間と元気そうに暮らしているのを見て安心。昼食は、コローイの床で海鮮、午後パタヤの水上マーケットへ行った。かなり暑かった。
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肝心のI先輩が、写っていない!!ごめんなさい。 仲間の中国人のチェンさんが、「パタヤにくる途中に、NARAYAのショップがあったので、帰りに寄りたい」と。 そんな店あったかなあ?と疑問に思いながら、スクムヴィットを走っているとちょうどパタヤとレムチャバンの中間くらいにあった。とてもでかいアウトレットモールが。 その、大通り側にとても広いテナントで、NARAYAが入っていた。さすが女性、走っている途中でちゃんと見つけていたのだ。私なんぞは、何回もこの道を走ってるのに気にしたことがない。 その後、中国人のツアーバスが到着したら、バスからおばさん達が、先を争って走って店に入ってきた。このナラヤの商品中国人にも有名らしい。 聞いたところ、バンコクの本店や百貨店の店より、広いし商品アイテムも多いという。次回から、シラチャでお土産を探している人に是非紹介したい店だ。 写真がなくてすんません。

シラチャのソンクラン

13日から町はソンクラン休みだ。 この辺は、水掛のピックアップの渋滞を避けるためか、メインの水掛の日が決められている。 今日がバンセン、明日17日がシラチャ、最後はパタヤの19日だそうだ。 たまたま昼に、ノンモンのバーミーを食べに出たついでにチョンブリの家具屋に回ったら、その帰りにバンセーンのソンクラン渋滞にはまってしまった。ピックアップトラックに水を入れたドラム缶を積み、スクムヴィット通りで水を掛け合うのだ。通りでは、ペーンという白粉や、大きな氷や、色んな屋台が出て、これを盛り上げている。 不思議なのは、子供や若者ばかりでなく大の大人がトラックの荷台から水をかけたりしてる姿は、なんとも無邪気な感じがする。 車の窓は絶対に開けられない、開けようものなら水やら白粉やらが一斉に飛び込んでくる。 大渋滞の中、運転しながら撮った写真を何枚か御紹介しよう。
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明日は、シラチャが大騒ぎになりそうだ。健康公園でも17日から26日までイベントがあり、出店が出て夜はバンドの音がうるさく鳴り響きそうだ。

観光地の店主、スタッフの対応?

シラチャに住み始めてから店員の対応に腹が立ったことはあまりない。 日曜日のシーチャン島へ行ったときのことだ。お決まりのサムローの観光コースの中でその不愉快なことが起きた。 タムパンビーチと言うのだろうか、砂浜にパラソルが並び、昼ごはんのためにサムローが連れてくる場所だ。 砂浜では食べにくそうだったので、下まで降りずに上部のテーブルに席を取った。 昼食をとった店がここだ。
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シーチャン島は、田舎のいい人ばかりの印象だったのだが、このタムパンビーチは観光地なのだ。客が多いせいかウェイトレスAは、終始にこりともせず、呼んでも、注文をとっても返事もせず、発した言葉は「カイチヨ・プーはまだか?」の質問に「オーダーを聞いてない!!」の一言。あまり関わると腹も立ち飯もまずくなるので、触らぬ神にたたりなしを決め込んだ。心の中で「仕事が嫌なら、家に帰れ!!」と怒鳴りながら。 この店の他のスタッフはこうではないことを祈るばかりだ。 無言で清算を済ませ向かいの有料公衆トイレに入ろうとすると、赤い服の中国系のおばさんがトイレ代はここで払えと呼んでいた。5バーツがなかったので10Bコインを渡すと確認もせず手元の籠に放り込んだ。    おばさん 「今払ったのは、10Bか?5Bか?」    私     「・・・・・・・・????」    おばさん 「見なかったから、わからんかった。」    私     「(アホ!見とかんかい!)10Bや!!」    おばさん 「ほんとうか??」 なんか嫌そうに5バーツを籠から取り出しお釣りをくれた。 たまたま撮ったウェイトレスAの後ろにおばさんも写っていた。 久し振りに私を不愉快にさせた二人は、「これだ!!」
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シーチャン島

今まで何度となくシーチャン島に渡ったことはあるが、いつもは筏釣りだけだったので、島の全貌はよく知らなかったし、釣り場を見て回ったこともなかった。昨日たまたま日本から旅行に来てるKさん夫妻も一緒に、島に渡ってみた。 バイクサムローに乗り、お決まりの観光コース4箇所を回る。シーチャン島は南北に長い島なのだが、裏側の西側は非常に美しい海が広がっていた。 「チョン・カオカーッ」(山の裂け目の隙間とでも言う意味だろうか)という岩場に、釣り用の竿たてが並べられた釣り場が作られていた。干潮だったので海面までは6~7mはありそうだが、ブッコミで「結構大物も来るよ」と竿を並べていた男女の釣り人は言っていた。だが、昨日はまだ来たばかりで干潮でもあり、まだ釣果はなかったが・・・・。
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鉄パイプで作られた竿立てが整然と並ぶコンクリート製の釣り場が、岩場に沿って数箇所設けられている。
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その後ラマ5世の避暑地跡に回った。ラマ5世時代の別荘が残されている。今から120年くらい前のコロニアル風の洋館だ。海風にさらされているので、改装、補修はされていると思うが、状態は良い。 前面に広がるきれいな海に非常に似合う建物だ。
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前の砂浜には、漁船が数隻上げられていた。人も少なく南国のリゾートを感じさせる。
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今回の発見は、チョンカオカーッだ。次回はテントを持って、夜釣りに来ようと決めた。土曜日の夕方に渡り、朝まで釣って帰ってくるパターンだ。いい潮を選んでこないと坊主もありうるが一度挑戦しよう。