アジアの麻薬王クンサー将軍

「クンサー」という名前を聞いたことがるだろうか? ゴールデントライアングルに君臨した世界一の麻薬王である。
私が、初めてタイに来た1985年当時は、タイ・ミャンマー国境でクンサーがアヘン栽培を仕切り、彼はまだ捕まっていないと言われていた。この伝説の将軍がその後どうなったのか、ふと思い調べてみた。
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中国の国共内戦で敗北を重ねた国民党軍は、すべてが蒋介石とともに台湾に逃げたのではなく、広東省から香港に逃げた兵士や、雲南省からタイ北部に逃げた部隊などがあったという。タイ北部に逃れた部隊の一つが「第93軍」であった。そして、共産化した中国から国土奪還のための資金集めとして、民族・国境紛争の絶えなかったタイ北部に定住し、アヘン栽培で資金集めを行なっていた。
その第93軍兵士とシャン族の女性との間に生まれたのが、クンサーだ。経歴はよくわかってないらしいが、成人後、国民党とたもとを分ち、アメリカCIAの援助のもと、シャン族・モン族の独立運動を大義名分とする兵力2000のモン・タイ軍を結成、この期間に麻薬ビジネスを大々的に展開し、黄金の三角地帯と呼ばれる世界最大の麻薬密造地帯を形成したという。
しかし、アメリカが麻薬取り締まりに力を入れるようになり、やがて彼は国際手配される。このため、タイ北部から国境未確定地帯のミャンマー奥地に逃げ込みシャン族独立を掲げてミャンマー軍と長く対立した。その間、実際はミャンマー政府軍とは戦闘せず、ミャンマー共産党と戦闘していたようだ。
そのクンサーが、1996年1月突然ミャンマー政府と停戦合意し投稿した。投降後は、ミャンマー政府の庇護を受け、ヤンゴンで生活し、麻薬で得た資金を合法ビジネスに転用し、ミャンマー・タイにまたがる財閥を築き上げた。
その後もミャンマー政府は、アメリカのクンサー引き渡しの要求にも応じなかった。また、彼の元の兵士・家族はすでに1987年に武装放棄し、タイの国籍を取得していたという。
クンサーは、2007年10月26日ミャンマーのヤンゴンで死去した。ほんの9年前の話である。
今から思うと、投降した時、クンサーからミャンマー高官に莫大な金が動いたのだろうと勝手に想像してしまう。
また、彼が作ったミャンマーの財閥、これも今後日系の合弁企業などに関係してくると思うと、やはりクンサーはレジェンドである。
長々と失礼しました。





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